mimic
「小夏ちゃん、寝ちゃったっぽかったから、帰ったんだけど」
「……」


無反応なのが気になったのか、首を曲げた多野木はわたしの顔を覗き込んだ。


「どうしたの? 思いつめた顔して」
「どっ……!」


どうしたの、って。
どの口が言うか!

勝手にキスして飄々と再登場して、それでもなにもなかったように笑っていられるあなたのような不遜な女じゃないっての!

喉まで出かかった悪態全部を飲み込む。
鼻息を荒くしたわたしを見て、相手は両目を半円形に細めた。


「もしかして、泳ごうとしてる?」
「まさか!」


言下に答えたわたしに、多野木はちょっと面食らった顔をした。


「なんだ、残念」
「は?」
「泳ぐならぜひご一緒しようと思ったのに」
「……なんで、わたしが……」
「本当は俺、泳ぎたくて来たんだ。今日も一日、炎天下の下で働いてたから体が熱っぽくて。でも、ちょうど小夏ちゃんがいたからラッキーと思って、飛び込むのやめたんだ」


またすぐにお得意の、狐目の笑顔に戻る。

ラッキーて。
からかわれてる……。


「わたしは泳げないから遠慮しとく」
「……そうなの?」
「っていうか、泳げたんだけど。昔、唯ちゃんを追いかけてって、邪険にされて、溺れたことがあったの」


わたしはティーシャツの上から、自分の胸元を掴んだ。
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