mimic
「あそこの岩場に水着が引っかかって、助かったんだけど」


わたしは遠くの岩場を指差した。
水平線にぽってりとした夕日が飲み込まれそうで薄暗く、あんまりよく見えないけれど。


「そのときに岩に引っかかって負った傷が、まだくっきり残ってるの」


わたしの胸に刻まれた、三日月みたいな傷跡。

それ以来、なんだかパニックになってしまうので、海はおろか、プールや湯船にも浸るのが難しくなった。

おぞましい傷を見られたくなくて胸元が開いた服は絶対着ないし、身体測定でチラッと見えたとき引かれたから友だちとも距離を置いた。
内向的な性格になったのと比例して、唯ちゃん依存は激しくなった。

色んなことを犠牲にした。でも、ひとつだけ得たものもあった。
わたしには、唯ちゃんさえいれば良かった。


「それで、菅野さんを繋ぎとめてるの?」


多野木はわたしの指先を目で追うのをやめると、すべて見透かすように言った。

ティーシャツの胸元にだけ皺が残るくらい、強く掴む。
わたしは、これを、切り札にしてるのかもしれない。

唯ちゃんが仕事を言い訳にして結婚を先延ばしにする間も、この傷は消えない。


「わたしのこと、狡猾だと思ってるんでしょ」


誰になんて言われてもいい。姑息でも、卑怯でも。
唯ちゃんさえそばにいてくれれば。

その思いを茶化すように、多野木は場違いにも、くっと笑った。


「抱き締めたくなるなぁ」
「は?」
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