mimic
× − × − ×


暦の上では処暑は過ぎたとはいえ、照りつける太陽は容赦なくて、目陰を差さなきゃ歩くこともままならない。

職場からの帰り道に、スーパーに向かって歩いている途中。
小さな女の子が、お母さんに手を引かれてスーパーに入ってゆく。きっと今夜の献立を話し合いながら。

いいなぁ、って思った。
わたしも早く、あんな風になりたい。温かい家庭が欲しい。
ずっと、憧れてた。家族という温もりに。


「暑……」


たしか冷蔵庫に、人参と玉ねぎがあったはず。ひき肉を買ってドライカレーにしようかな。
唯ちゃんも食べに来れるなら、夏野菜たくさん買って大きな鍋で煮込むんだけど……。カボチャは嫌いだからジャガイモを多めに、あとナスを入れて。


『明日は……ごめん。朝からずっと会議だ』


きっと、無理だろうな。

お米はどうしよう。重いし、次の唯ちゃんのお休みの日に買い物に付き合ってもらおう。

わたしは本当に、唯ちゃん中心で生活が回ってるんだな、と改めて思った。

良いか悪いかなんて、もう自分で客観的に判別できないところまで来てる。そうするしか思いつかないのだ。


『いやほら、世界が狭くなってるから、そんなに唯彦さんに執着してるんじゃない?』


正直、当たってる、と思う。
認めたくないけど。

昨日多野木にああ言われて、異様に腹が立ったのは、たぶん、当たってるからだ。
だってわたしたちはふたりで、協力して生きてゆくのは必然。


『俺が、立候補したかったのにな。〝ほかの男〟に』


なに? あの言い方……。

男、っていうかオスじゃん。
あんながっつくみたいなキスしてさ。理性のない、動物みたいじゃん……。


「っ、」


さっきまで唯ちゃんでいっぱいだったのに、あんな不躾な男に心をかき乱されてる。
狐顔の変な男のことなんて忘れよう!

スーパーに近づいてきて、やっと涼しくなる、と思った。今日はなにが安いのかしら。サラダ、スープはどうしようかな。
唯ちゃんが突然来てくれたときのために、好物のトマトスープを作り置きしておこうか、と、努めて楽しく考えていたときだった。
< 20 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop