mimic
スーパーまであと一歩の交差点で赤信号に引っかかり、わたしは足を止める。


「……はぁ……」


もうちょいだったのに、ぐったり。
溜め息を吐いて正面に目をやると、落ち込み気分がすべて一気に吹っ飛んだ。


「っゆ、唯ちゃん?」


向かい側で信号待ちしてる人の群れのなかに見えたのは、スーツ姿の唯ちゃんだった。

唯ちゃんの会社が入るビルも、この近くにある。
こんなに暑いのに、細身のスーツをビシッと着こなしていて、贔屓とかじゃなくほかのサラリーマンより一段と格好いい。


「……あれ?」


比べるように唯ちゃんの周りを見渡して優越感に浸っていると、気づいた。
ひとりではないことに。

唯ちゃんは、女の人と一緒だった。
遠目にもわかる。上質そうなワンピースを着た、髪の長い、清楚な感じの女性。

友だち? 同僚?
それともただ、道を聞かれた人?


「唯ちゃん……?」


今ならまだ、言い訳はいくらでもある。

けれども無情にも、わたしが見てるなんて気づきもしないふたりは仲睦まじそうに笑い合って。
そして顔を、近づける。

友だち? 同僚?
それともただ……。


「__っ」


道を聞かれた人、ではもう、説明がつかなかった。

顔を寄せ合ったふたりは人目を気にも留めず、キスをした。唯ちゃんの唇が、女の唇に触れたのだ。これはキスだ。紛れもなく。


どくん、どくんと全身が脈打つ。
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