mimic
× − × − ×


わたしは短大を卒業して、そのまま系列の大学図書館に司書として就職した。
まあ、先走って辞表出しちゃったから、もうすぐ辞めるんだけど。


「これ、お願いします」


司書課程を取ってる学生さんが、レポートを書くために辞書を借りてく。
本当は貸し出し禁止なんだけど……一冊くらいいいよね。わたしもこうして、学生当時は融通きかせてもらってたわけだし。


「菅野さん」


学生が去ったあと、後ろから声をかけられてビクッとした。
肩越しに振り向くと、先輩の寺内さんが怖い顔で立っている。


「新しい職場、決まったの?」
「へっ……」


てっきり、辞書を貸し出したことを咎められるとばかり思って構えていたわたしは、ぽかんとした。


「まだ……ですけど」
「市民図書館の派遣社員を募集してるんですって」
「え?」
「せっかくだから、資格をいかしたらいいんじゃないかと思って」
「は、はあ……」
「考えてみて」
「ありがとうございます」


ぺこりとお辞儀をすると、寺内さんは浅く会釈して書庫に行った。

唯ちゃんとの結婚がダメになったことは、すぐに職場の人に報告した。事務員たちは明け透けにいろいろと下世話な噂をしたけれど、どうせ辞めるんだしどう言われてもいいや、って思った。

寺内さんは同じく元学生の先輩で、仕事に真面目な反面とっつきにくいところはあったけど、気にかけてくれているんだなって思って嬉しかった。

次の就職先、早く見つけなきゃな……。
でも、こんなわたしを採用してくれる会社なんてあるかしら?

寺内さんの助言は有難い。感謝してる。
これまでだったらたぶん、なかなか立ち直れなくて、嫌味かよとか不貞腐れてたかもしれない。けど、今までの唯ちゃんにおんぶに抱っこの状況から自立するために、自分の人生についてけっこう真剣に考えられるようになった。

誰かが助けてくれるのは当たり前のことだ、と思うのは傲慢だった。わたしは、もっと周りに感謝すべきだった。
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