mimic
帰り道、わたしはなるべく振動が伝わらないように、慎重にビニール袋を持って歩いた。
家に近づいてきたとき、斜向かいのマンションの前の路上に、大きなトラックが停められているのが見えた。ハザードランプのオレンジが、夕方の路地にちかちかと光る。


「引っ越しかなぁ」


間延びした声で海月が言う。
わたしは特に気にも留めず、マンションの前を通り過ぎた。


「あれっ、君は……」


ちょうどエントランスから出てきた人物が、わたしたちの真横で大げさに立ち止まる。
さすがにそちらを見ない訳にはいかなかった。

わたしの顔をしげしげと見つめ、どうやら名前を思い出そうとしている相手は、つい先ほど不覚にも、下着姿を晒してしまった阿部店長だった。


「ええと、」
「管野、です」


言いながら頭を下げる。ビニール袋の中の和金が、ちゃぷんと音を立てた。


「いやあ、偶然だね。こんなとこで会うなんて」
「はあ」
「俺、今日引っ越してきたばかりなんだ」
「そうですか」


さっきも聞いたような……と思っていると、不意に、なのか意図的になのか、阿部店長が海月の方に目をやった。


「こんにちは」


ぺこりと頭を下げ、顔を上げたとき、海月の顔は笑っていなかった。


「では」


という短い挨拶で、わたしたちは同時に歩き出す。


「あ、小夏さん!」


家の前まで来て、バッグのなかから鍵を取り出そうとしたときだった。


「さっきは、その……、ごめんね?」


なぜかこのタイミングで気まずそうに言う阿部店長に、わたしは曖昧に首を振った。
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