mimic
「阿部店長も、なにか動物を飼ってるんですか?」
「ううん。今日、千葉さんが言ってた、別れるのが辛いから飼えないっていう話。俺も、よく分かるんだよね」
「は、はあ……」
「動物だけじゃなくて、人間同士でも、なんだけどさ」


ひと気のない秋の海で、波音に混ざって聞こえる阿部店長の声は真剣だった。


「愛情を注いだ分、喪失感が大きいから。心の負担になることは、なるべく避けたほうが賢明だよ」


信号が青に変わっても、阿部店長は歩き出さない。
脇の道路を通過するまばらな数の車に、わたしたちだけが取り残される。


「なんだか、暗い話になっちゃってごめんね」


わたしを閉口させたまま、阿部店長は控えめに笑った。
塩辛い風が、髪を靡かせる。


「い、いえ……」


この人が、過去にどんな経験をしてきたのかはわからない。
大きな会社の御曹司で、バツイチで、動物の研究をしていたのにいきなり採用されて、店長として配属されて。おそらく他人には想像つかないような事情がこれまでにあったのだろう。

わたしも、突然家族を失くした経験があるから、わからないでもない。

もう、かなしい思いをしたくない、って。
だから喪失感に備えて、心に蓋をしたくなっちゃう、って。

でも。


「別れを恐れたら、心から愛せないです」


つい口をついで出た言葉にはっとして、マズい、と思った。けど、阿部店長はただぽかんとしていたので、よく聞き取れなかったのかもしれない。

わたしは取り繕うように心ばかり微笑んだ。
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