mimic
「戻ろうか」
「え?」
「遅くなると、弟さんが心配するんじゃない?」


今更訂正するのも億劫なので、わたしは頷くことにした。
来たときと同じように、ふたり並んで歩く。


「ところであの金魚、どのくらいの水槽で飼ってる?」


前触れのない質問に、わたしは一度首を捻ってから、両手で丸を作って表した。


「水槽、っていうか金魚鉢なんです。このくらいの」
「なるべく大きな水槽で飼った方がいいよ」


ほどなくして、マンションが見えてきた。我が家の二階の窓からは、海月がこちらを見ている。


「……ただいま」


別れ際、阿部店長はこれから近所のファミレスに行くと言っていた。
玄関のドアを開けた瞬間、立ちこめる麻婆豆腐のスパイシーな香り。


「おかえり。」


台所で、海月が電子レンジを操作している。


「男と、ふたりで散歩?」
「……まあ」


曖昧なわたしの返事に、海月は目尻に皺を寄せて笑った。


「阿部店長さ、海月のこと弟だと思ってるんだ、笑っちゃうよね」
「オトウト?」


わたしは海月の笑顔を、切り崩すことに成功した。片方の眉が、ぴくりと微動したのだ。


「兄じゃなくて弟だよ? 良かったね、若く見られて」


温めた麻婆豆腐のパックをテーブルに置いた海月は、居間に移動する。
窓辺に置いた金魚鉢のなかで、和金が自由に泳ぎ回っている。
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