mimic
× − × − ×


台風がやってきた。
従業員たちは店先の商品を店内や倉庫に避難させ、へとへとになった就業後。


「菅野さん、あそこ見て」


声を潜ませて指をさした千葉さんは、いつになく不安げな顔色をしていた。


「あのお客様、さっきからずっとシーズーのことを見てるの」
「あ、あの人……」


昔はよく、犬を連れてうちの前を散歩してたおばさんだ。まだおじいちゃんと住んでいたとき。
海で会ったときには、ワンちゃんに触らせてもらったっけ。可愛かったな。


「お買い上げかなぁ、ね、どう思う⁉︎」
「う、うーん。どうでしょうね」


我が子を見守る母親さながら、穏やかな表情でシーズーを見つめるおばさんと。そのおばさんを、落ち着かない様子でハラハラしながら観察する千葉さん。更にそのふたりを鑑賞するわたし。

なんか、大きなカブの絵本みたいな連鎖だった。


家に帰ると、ますます風は強くなった。
窓を叩きつけ、庭の木々を揺さぶり、どこの家のかわからないポリバケツを運んで来ている。


「すごい風……」


この古い家屋は飛ばされやしないだろうか。
そんな懸念を抱きながら、翻る傘を必死で握る通行人を家のなかから見守る。

海月はまだ仕事から帰って来ない。
天気予報によると、約一年振りに本土に上陸した台風は、進路を変えながら北上中とのこと。

夕食はどうしよう。帰りは千葉さんに車で送ってもらったので、スーパーに寄って買い物する余裕かなかった。
冷蔵庫に在るものでぱぱっと作りたいけど、そういう応用編はわたしより海月の方が得意。


「何時に帰ってくるんだろ……」


独り言は、窓の外で吹き荒れる嵐の音にかき消される。
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