mimic
ひとりっきりの部屋でわたしは、普段なら気にも留めない屋なりにやたら肩をびくつかせていた。

メッセージを送っても帰ってこない。もしかしたら職場で、暴風の対処に追われてるのかもしれない。

外で作業して、危険な目に遭っていないかな。
電車が止まって帰れない状況だったらどうしよう……。

窓の前が指定の立ち位置になっていたわたしは、足元の金魚鉢に目をやった。
外の世界の干渉を受けない水のなかで、和金は透き通る尾びれを振り、悠々と泳いでいる。


「っきゃ!」


家が揺れた。
風が通り過ぎる音と、なにかが割れるような音が響く。
大切に育ててきた庭の葡萄の木は、大丈夫だろうか。
ふくよかな実がなったら、ワインもジャムも作らなきゃなのに。

棚は倒れてない?
枝は折れてない?


「海月……」


どこにいるの?

無事なの?


「っわ!」


突然チャイムが鳴った。
立ち尽くしていると、もう一度鳴った。

慌てて玄関に向かい、ドアを開けた瞬間に、物凄い轟音が耳を襲った。
横からも後ろからも、風が雨を運んで来る。

そんな背景から、ぬっと正体を現したのは。


「て、店、長。」


予想外過ぎて、わたしは唖然とした。
阿部店長はわたしの反応にお構い無しに、肩の水滴を払う。

それは拭き取るには余分過ぎる量で、やがてシャツに染み入るのだから、まったく意味のない行為だった。
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