mimic
「庭の方、大変なことになってるよ」
「庭の方、が、ですか」
「ん、枝が飛んでる。他に飛ばされそうな危険なものがあったら、撤去しとこうか」


阿部店長は、手首でおでこの水滴を拭った。
全身ずぶ濡れだ。見た目が台風の脅威そのものを物語っている。


「それから、」


と言い、わたしの目の前にさっと素早く差し出したのは、ビニール袋。


「これ、良かったら」


中身が透けて見える。大きな箱が入っている。


「これ、は……?」
「水槽、買ってきたから。移してあげて」


阿部店長が俯くと、髪から水滴が流れた。足元に、小さな黒い点がいくつか作られる。


「え……今、ですか?」


こんな天気の日に?
というわたしのまっとうな質問に、阿部店長はきまりが悪そうに頭を掻いた。


「台風すごいし心配だったから、君の様子を見にきたんだけど。金魚のことも気になってね」
「は、はあ……」
「まあでも、こっちは口実と思ってもらって構わない。こんなん暴露したら、超カッコ悪いけど」


早く受け取れと言わんばかりに阿部店長は、ビニール袋をわたしの方に突き出した。


「俺、今までけっこう、裏切られたりしてきたから。人をあまり信用してなくて」
「? はあ、」
「でも、小夏さんにこないだ海でああ言われて、なんかこう、胸に響いたっていうか……」
「……え」


海?

別れを恐れてたら愛せない、って。
たしかに言ったけど。

それは、わたしが海月との出逢いで学んだことで。


「ここに来たのも、君に出会えたのもきっとなにかの縁だと思って。自分の気持ちに正直になってみようかな、って……」
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