mimic
はっとしたわたしに、多野木さんは緩慢な角度で小首を傾げる。
手に見惚れるなんて。なにバカなことしてんだ、わたしは……。

とっさに目を離し、いただいた名刺を落とすと、会社名の下に名前がTANOKI mituki、あと電話番号がシンプルに書いてあった。


「フォレストカンパニーっていうのは……庭造りをする会社ですか?」
「まあ、形だけでもってことで、名刺持たされてて」
「多野木、ミツキ、さん?」


俯いたまま、キョロッと眼球を動かして見上げると、狐はまた人懐こくにこりとした。


「クラゲ、って書いてミツキと読みます。親が、某キャラの大ファンで」
「は、はあ……?」


もうなんか動物の情報が多すぎてよくわからない。

頭を混乱させているわたしを見て、多野木さんは、目の下にくっきりと皺を寄せ柔らかく微笑んだ。


「冗談です。でも、クラゲって書くのは本当です」
「え!」
「海の月。」
「へ、へえー……」
「この部屋は海風が気持ちいいね」


反応に往生してるわたしに構わずに、多野木さんは言いながらシャツの第一ボタンを外した。

この家に唯ちゃん以外の人が滞在して、どのくらい経っただろう。
わたしと多野木さんは淡々とビールを空にしてゆく。


「菅野さん、は、入籍だけ先にしたの?」
「あ、わたし、小夏です。菅野小夏。わたしたち、苗字が一緒なんです」


わたしは籐の椅子に膝を立てて座った。

アルコールのおかげでひどく働きが鈍った頭に、ふと唯ちゃんの顔が浮かぶ。
わたしのことほっぽといて、仕事ばっかしてる厳しい面差しを。
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