mimic
「なにって、仕事だよ」
「仕事?」
「ああ。部下が発注間違ってさ。急いで頭下げに来たわけ。まあ、大ごとにはならんかったけど」
「ふうん……」


転倒の際に乱れたマフラーを巻き直し、わたしは適当に返した。


「それは大変だったね」
「小夏」
「……へ?」
「多野木と、なにかあったんだろ?」


見上げると、唯ちゃんはいつになく真面目な顔をしていた。その後ろで、夜空には星が輝き始めている。ぽつぽつと、豆電球みたいに。


「あいつに……騙されてた、とか?」


一気に体が石膏みたいに硬直した。

眼球だけがキョロッと左右に泳いだからか、どうやら動揺しているのがバレバレだったみたいで、唯ちゃんはひとつ溜め息をついてスラックスのポケットに片手を突っ込んだ。


「そもそも女を落としてくれ、なんて頼みを簡単に受けるような奴だぜ? 普通じゃない神経だよ。奴にとっては、単なる暇つぶしで、俺らはただのゲームの相手だったんだよ。目が覚めたか?」


畳み掛けるように一息でそう言って、唯ちゃんは街灯の灯影を踏み、こちらに一歩間合いを詰めた。


「もう一度言う。俺と、よりを戻さないか?」


さっき、ヘッドライトを間近で直接見てしまったから、目がやられちゃったのかもしれない。
星が、チカチカ、チカチカと、やたら明滅しているように見える。まるでなにかの、警告のように。


「いっ、今更、なに言ってんの? わたしもう、唯ちゃんのことなんて全然信じられないよ!」
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