約束~悲しみの先にある景色~
そのまますぐにタンスに行き、穏やかな目をしてお母さんに救急箱を渡した彼の目は、そのまま“ついで”の様に私の顔を捉えた。


その瞬間、お父さんの目は穏やかさをなくし、冷めた目に変わっていった。


それはまるで、私の事をその辺に置かれたゴミでも見る様な目で。


「うっ……」


その瞬間、包丁を突きつけられたあの時の恐怖が早くも蘇った私の身体は、岩のようにカチコチに強ばった。


それのせいで、


「瀬奈、痛いの分かるけど、身体の力抜いて」


と、止血の為にと頼むお母さんの声も、ろくに聞けなくて。


(私、また何かしたかな……?)


(何をしたの、私は何をした……?悪い事、した……?)


(泣いてたのが、うるさかったかな……?靴下を捨てるのに反抗したのが、駄目だったかな……?)


頭の中を駆け巡るのは、反省の念と疑問ばかり。


(でも……、ごめんなさいっていえば大丈夫かな……?)


(さっき、許してくれたもん……!)


何が悪かったか分からなくても、謝れば大丈夫。


瞬きもせずに必死に考えた挙句、その答えを絞り出した私は、


「ご、…ごめんなさい……」


と、小さな小さな声で謝った。


お父さんに向かって、謝罪の理由も分からぬままに。
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