約束~悲しみの先にある景色~
あの一件以来、お父さんは私に優しかったはずなのに。


何で、こうなるの。


どうして、私が。


その質問の答えは、幼い私でも分かる程単純だった。



お父さんはただ、1ヶ月もの間私を騙していたのだ。



また、彼を好きになりかけていたのに。


あんな事があっても、お父さんが世界で1番好きだったのに。


やっぱり私の結婚相手はお父さんしかいないと、この前自分の心に誓ったはずなのに。


(おかしいな…)


今の私の中にある、彼に対する感情は。


“好き”ではなく、“嫌い”の2文字だ。


お父さんは、あの日以来何も変わってはいなかった。


彼が勝手に変わったと思い込んでいたのは、私。


お父さんはただ、次に同じ事が出来るチャンスを待っていただけだったのだ。



固く目を瞑っても、目の前に居るお父さんの気配は消す事が出来ない。


お父さんは私の目の前でしゃがみ込んだのか、彼の汚らしい吐息が私の顔面にかかる。


(っ……)


もっともっと、お父さんから遠ざかりたい。


その一心で、私はお父さんの方を見たまま、壁に背中と後頭部、そして腕をぴったりとくっつけた。



けれど。


「瀬奈、そんな事しても無駄だよ」


身の毛もよだつ恐ろしくて吐き気がするあの声が、耳元でささやかれた。
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