約束~悲しみの先にある景色~
『君は悪い事はしていない。だから君は、死なないよ』


『君なら、絶対に大丈夫だから』


脳内に直接響いてくる、存在しない兄の声。



けれど、ここまで約1時間お父さんから暴力を受け続けてきた私は、顔も身体も全てが痛くて、痛くて痛くて痛くて。


そちらにしか、気が集中しなくて。


(大丈夫って何が?何が大丈夫なの?)


(もう、全部痛いよ)


だから今日の私は、彼の言っている事とお父さんの言っている事、どちらが正しくてどちらが綺麗事なのか、区別が出来なかった。



「……おい」


不意に投げ掛けられたその声に、私はびくりと身体を震えさせて顔を上げる。


そこに居るのは、いつもなら包丁を持ったお父さん。


なのに、何故か今日は。


「こっちに来い、今日はいつもよりいい事をしてやる」


不敵に、本当に気持ち悪く笑う、包丁を持っていないお父さんだった。


包丁は、床に落ちていた。


「…え?」


驚き過ぎて、思わず声が漏れる。


いつもなら、それが私が1番嫌っている罰だと知っているお父さんは、私の肩に包丁を突きつけて、ゆっくりと肩を切らない程度にそれを前後に動かす。


そして、私がこれでもかという程謝って泣いて声を枯らして、その後に光の無いクローゼットに閉じ込められてようやく、一時的にその日の虐待は終わるのに。


その後にお父さんが虐待をまた始めるのは、約30分後。
< 70 / 329 >

この作品をシェア

pagetop