迷子のシンデレラ
彼は片手でネクタイを緩め始めた。
その色っぽい姿にドキリとして顔を背ける。
「これ。見覚えがない?」
言われて視線を戻すと緩めた首元が露わになっていて、首にかかる華奢なチェーン。
その先には男物の指輪。
「それは……」
母からもらった指輪だ。
忘れてきてしまった母の形見。
彼の元に忘れて、捨てられていても仕方ないと思っていたものを、こうして彼が持っていてくれただなんて……。
それだけで智美の胸はいっぱいになる。
「見覚えが、ないかな?」
「いいえ。女性物のチェーンをつけられていたので、不思議だなって思っただけです」
ここで私のです。とは言えない。
言うつもりなら最初から名乗り出ている。
「そう……。残念だよ。
これはね、前に話した女性が忘れていったものなんだ」
「そう……ですか」
「僕にとって彼女はシンデレラなんだ。
ガラスの靴を忘れていったみたいだなってその時は思ったよ」
彼は大切そうに指輪をシャツの下にしまった。
その様を見て、それだけで十分だった。