偶然でも運命でもない
21.待ち合わせ
ホームの隅で通話をしている響子を、ベンチに座って眺める。
彼女は大河に気付いてこちらに軽く手を挙げてみせた。手を振るのではなく、指先をパタパタと小さく動かす仕草。
その独特の動きは、なんだか秘密の合図のようで、大河は嬉しくなる。
あ、あれ、今度から真似しよ。そう思って、同じ仕草を返してみる。
誰かと話しながら、大河の動きに響子は笑った。
彼女は視線はこちらに向けたまま、通話を終了して鞄にスマートフォンをしまう。
ベンチまで真っ直ぐに歩み寄ってくると、大河の横に座った。
「おつかれさま。」
「おつかれさま。……今の電話、仕事?」
「んーん。友達。」
友達。
響子は普段、外で鞄からスマートフォンを取り出すことが少ない。
電車の運行情報をチェックするとか、よっぽど着信がうるさい時等は表示を確認するが、それ以上に使っているところを殆ど見ない。
響子が外で通話に出るような友達とはどんな人なのだろう。
そう考えて、ふと、この流れなら自然に連絡先が訊けるのではないか?と、思う。
「俺にも教えてよ、連絡先。」
「え。やだよ。必要ないでしょ。」
想像以上にキッパリと一蹴されて、大河は戸惑う。
連絡先を交換するのって、当たり前だと思っていたのだが、もしかしたら大人の世界ではそうではないのかもしれない。
それでも、諦めがつかなくて、食い下がる。
「……えっと、ほら……待ち合わせとか、さ。」
「待ち合わせるなら、尚更、連絡先必要ないでしょ。」
「えっ。」
予想外の言葉に、大河は響子を見下ろす。
こちらを斜めに見上げる瞳と口角の上がった唇。微笑んで、彼女は口を開く。
「小さいころは、携帯なんて無かったし、電話は全部固定電話だったし。待ち合わせはあらかじめ時間と場所を決めて、そこに行くだけだった。」
「うん。……それって、直前に都合悪くなったらどうするの?」
「家に電話してみる。それか、駅とかの待ち合わせスポットには誰でも書き込み出来る掲示板があって、そこに伝言を残しておくの。“待ち切れません、帰ります。pm5響子”みたいに。遅刻する人は大体振られる。だから、みんなちゃんと予定を立てて行動する。」
なるほど、あらかじめ約束しておいて、万が一の時には掲示板で事後報告の連絡を取る。通信機器を個人所有することの無かった時代、それはとても合理的な気がした。
「その掲示板、今もあるのかな……?」
「無いんじゃないかな。」
「残念。あったら、俺、響子さんに伝言残そうと思ったのに。」
「何て?」
「ひみつ。」
“中のカフェで2時間だけ待ってます。pm5大河”
そう書いたら、彼女はきっと、帰り道に時計を見てカフェを覗き込むのだ。俺を見つけて、パタパタと指先を動かす仕草をしてみせるだろう。
待ち合わせて彼女に会えるのは、なんとなく特別っぽい気がする。珈琲を飲みながら本を読み、2時間だけ彼女を待つ。それは約束じゃないから来ても来なくても構わない。
想像して大河が微笑むと、響子はそれを見上げて不思議な顔をした。
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