偶然でも運命でもない
41.甘い企み
「あら、珍しい。」
響子の声に、こちらを振り返った大河は、太いストローの刺さったプラスチックのカップを手にしていた。
ピンクベージュの液体に、琥珀色の粒が沈んで、大河が口にしたストローで掻き回される。
「タピオカです。いちごミルクティーの。そんなに珍しいです?」
大河は少し困ったような顔をして、ふにゃりと笑う。
「違うわよ。珍しいのはタピオカじゃなくて、大河くん。」
「え?俺?」
「あんまり、買い食いとかしないでしょ?」
「ああ。海都が、流行ってるからって。さっき、みんなで行ったんだけど。」
「うん。」
「なんか……飲みきれなくて。」
思ったよりも甘かった、そう言って大河は、こちらにカップを差し出してくる。
「響子さん、飲みません?……あ。俺の飲みかけが嫌じゃなければだけど。俺、もう無理。」
中身が半分以上も残るカップを差し出されて、響子は笑いながらそれを受け取った。「気にしない」と、ストローに口をつける。
確かに、その苺フレーバーのミルクティは必要以上に甘い気がした。
「タピオカ、流行ってるんだ?」
「うん。……駅前の店、めっちゃ並んでました。」
「へぇ。なんか今更って感じもするけどねぇ。」
啜りあげたタピオカの粒をモチモチと噛んで、響子はまた複雑な気持ちになる。出会った頃は気にならなかった歳の差が、最近、やけに気になって仕方がない。
「夏くらいからずっと流行ってますよね。」
「あ、ちがう、ちがう。私が高校生の頃にも流行ったの。タピオカ。」
「えっ!?そうなんです?じゃあ、一緒ですね。」
「何が。」
「高校生の時に、流行ったものが。……一周してますけど。」

響子はアハハと笑って、大河は良い子だな、と思う。
高校生の時に流行ったものが同じ……か。
いつか遠い未来に、この話をすることがあったら、“高校生の頃、流行ったよね”なんて、さも同年代みたいに話したら確かに面白い。
「ところがね、そのあとにもう一回流行った時期があったの。だから流行は2周してる。」
「そうなんだ。」
ストローを強く吸って、甘い液体と共に粒を咀嚼する。
流行は巡るのだ。何度も同じところを螺旋階段のように、少しずつ変わってぐるぐると。
今は組み合わせる飲み物が選べるらしい。私の時は、普通のミルクティーしかなかった……。
大河は、何か思いついたような顔をして、響子を覗き込んできた。
何?と呟いて顔を上げると、彼はイタズラな笑みを浮かべて口を開く。
「ちなみに、タピオカの次は何が流行ったんです?」
「んー。ええとねぇ……アレ。……ナタデココ。」
「なたでここ?」
「なんか半透明で四角くて……コリコリとグニャグニャが共存した感じの……」
「響子さん……ごめん、それ、ちょっとわかんない。」
「ココナッツの何か。」
「それ、次も流行るかな……」
「大河くん、何考えてるの?」
「海都に勧めたら面白いかと思って。」
「知らない顔して?」
「そう、預言みたいに。流行を先取りする。」
「外したらどうするの?」
「ただのマイブームで、無かったことにする。」
顔を見合わせて笑うと、響子は思い出した。
その後に定期的に流行るいくつかの甘味を。
「あとはねぇ、パンナコッタとクリームブリュレ、フレンチトースト、ラスク。それから、ふわふわしたワッフル。」
「ベルギーワッフルじゃなくて?」
「うん。パンケーキみたいな柔らかいやつ。」
「へぇ。」
「あ、これだけあったら、ひとつくらい流行るのあるんじゃない?」響子は視線だけで大河を見上げる。
「ラスクは去年、流行った。フレンチトーストはお店が増えてる。」
「あら。」
「他に、甘くないやつある?」
「……ない。」
「ないか……。」
残念そうな大河を横目に、響子は最後の粒を吸い上げた。
「大河くんは考えが甘い。だって、スィーツの流行だもん。」
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