ピ リ カ(動物と会話する女の子)
十二「理恵とピリカ」

 病院を辞めた心を痛めたピリカは次の職場をすぐに探す気にはなれず、数ヶ月が過ぎていた。
ピリカの家のポストには相変わらず嫌がらせの手紙が投函され続けた。 だんだん外出するのが面倒くさくなり週に一度買い出しに出るのが唯一の外出となった。 そんなある日、玄関のチャイムが鳴った。

「は~い。どちら様?」

「理恵だけど」

幼なじみの理恵だった。

ピリカはドアを開け「理恵どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。メールしても返事は来ないし電話にも出ない。 あんた一体何やってるのよ?」

「どうもしないけど……」

「それで、どこか他に就活してるの?」

「いや、どこも受けてない」

「受けないでどうするの?」

「うん……?」

「それに何なのこの部屋の散らかりようは?」

「うん」

「チョット、あんたのジーパン貸して」

「?ハイ」

理恵はジーパンに履き替え部屋掃除を始めた。

「ありがとう」ピリカの気のない言葉だった。

掃除半ばでビニール袋に入った数十通の手紙を発見した。 理恵は悪いと思ったが、心配のあまりその手紙に目を通した。 そして理恵は大きな声を出した。

「なにこれ? ピリカに対しての嫌がらせじゃないの! どういう事なの? 説明して」

「うんいいの、手紙だけだから私、気にしてないから……」

「あんたが気にしないのはいいけど、とにかく私に説明しなさいよ…… わたしは、あんたの友達なんだから聞く権利がある」

わけが分からない理屈だと理恵は解っていたが、ピリカを思う気持ちの方が優先された。 同時にピリカが部屋に籠もった原因はこの手紙にあると理恵は確信した。

「もう帰って…… 一人にしてくれる?」

思いもよらない言葉に理恵は動揺した。

「帰るわよ、帰るけど、あんたになにがあったのかちゃんと説明して。 私には説明を聞く権利があるの……」

「なんの権利?」

「何だっていい、幼なじみの権利。 友達としての権利。 なんか文句あるわけ?」

「……ありがとう。でも、今日はほっといてほしい……」憔悴しきった力ない言葉だった。

理恵が帰った後、ピリカは急に虚無感に襲われそのまま布団に転がるように入ってしまった。 カーテン越しの光がやけに眩しく感じ、ますます逃げ込むようにもぐった。

もう、どうでもいい 私なんかほっといてほしい

それから数日が過ぎ玄関のチャイムが鳴った。 ドアスコープから理恵の姿が確認できた。

ドア越しにピリカは「なに?・」

「ピリカ、ドアを開けて……」

「まだ話す気ないから帰って……」

「帰るからこれを冷蔵庫に入れさせて」ドアスコープの前にスーパーの袋に入った食品をちらつかせた。 理恵はピリカがそう出るだろうと、予め冷凍食品を用意してきた。

ピリカはゆっくりとドアを開けた。 同時に理恵は右足をドアの隙間に強引に挟みこみ玄関内に押し入った。 そして、ピリカの顔を見たその瞬間理恵は立ちすくんでしまった。

そこに立っているピリカは、まるで掛け軸にある幽霊のように顔色は青白く、頬は痩せこけまるで別人のようだった。 とても痛々しく、胸が苦しくなった。

「これ差入れ…… 冷蔵庫に入れるね」とりあえず食品を冷蔵庫にしまおう、ドアを開け食品をいれた。 同時に暖かいものが理恵の目から溢れ落ちてきた。

理恵は「まだ、話す気になれないのかい……?」優しくゆっくりと語りかけた。

「ごめん……」

「倶知安に帰ろうか? 私、車買ったんだよドライブでもしない?」

「……」

「じゃぁ行こう」理恵が立ち上がった。

「あのね、ピリカね、犬とね、猫のタマとね、遊ぶのね、そんでね、そんでね…… 急にね二匹とも帰ったのね。 あとねピリカのお家のね、モモがね、遊びにね、来たんだ」

……? 理恵は我が耳を疑った。

「ピリカ! どうした?」同時にこらえていたものが一気に吹き出し涙がとまらない。

「……」今度は黙ったままだ。

理恵は気を取り直し優しく言った。

「倶知安に帰ろうか?」

「……」下を向いたままなんの反応もなかった。

どうしていいのか見当がつかないので、とりあえず前回訪問した時のままだった部屋を整理し始めた。 整理する手が小刻みに震え、早打ちしてる心臓の鼓動も感じられた。 短期間でこんなに変わり果てたピリカを全然予想していなかった。

理恵の頭に浮かんだのは、一刻も早くピリカのお母さんに知らせなくちゃ。 このままひとりにしてたらピリカが本当に駄目になっちゃう。 実家に戻そう。

その時「あれ……? 理恵じゃない…… 今日はどうしたの?」

「えっ?」理恵の頭がパニック状態になった。

「今日、休みなの?」

「う、うん、休みだよ、ピリカ大丈夫?」

「何が?」

「いや……」

「だって理恵、変な顔してるよ」

ピリカが正気に戻ったと思った瞬間、質問するなら今だと咄嗟に考えた。

「ピリカ病院辞めたって聞いたから会いに来たんだ」

「そう、わざわざ?」

「うん、それに車買ったから一緒にドライブしようかなと思って」

「でも私、今身体の調子悪いのね、折角だけど今度にする。 ありがとう」

「わかった、今度にしようね。 ところで最近どう?」

「どうって?」

「まあ、色々あるでしょ? 年頃の女の子なんだから」

生まれてこの方、こんなにピリカに言葉を選んで話したことなんかないと思った。

「就活中だよ」

本音を聞き出そうかどうしようか理恵は悩んだ。 今なら正気だから話してくれそうな気がするけど。もし、嫌なこと思い出させて、さっきみたいなピリカになったらどうしよう……
考えたらまた心臓の鼓動が早くなってきた。

心の中でピリカどうしたの? と叫んだ。

その時だった。ピリカが小さな声で「あのね、私のせいでね、犬と猫を死なせてしまったの、私の代わりに」

原因は勤務先の病院にあるかも知れないと思った。

「ピリカごめんね、話したくなかったら話さなくていいけど、病院で何があったのかだけでも聞かせてくれる?」

ピリカは一気に心のつかえを話し始めた。

「ピリカは何も悪く無いじゃない。 そのFさんっていうオバサンが全部仕掛けたことじゃない。 何なの? そのFさんは……」

理恵は心の底から怒りをおぼえた。

「わかった。私、今日から車の中で見張っててあげる。 そしてポストに手紙入れるところを押さえる。 話しをきっちり付けようじゃない。 そんな卑怯なやり方するの我慢できない…… 
まったくもう。私の親友に向って、なんぼのもんじゃい! ねぇ、ピリカ」

「ふふ……」ピリカがやっと笑った。

 
 それから理恵は有給休暇を取り、ポストが見えるところに車を止め一日中見張りを始めた。
見張りを始めた翌日の夜中だった。 黒い服と帽子を深くかぶった人影がポストに何かを入れた。

とっさに車から飛び出し「チョット待ちなさいよ!」その黒服に声を掛け近寄った。

その時だった。対向車線に駐車していた車がライトを消したまま理恵めがけて急発進してきた。
理恵はとっさに身をかわしたが、足が車に接触し頭から倒れて気を失ってしまった。 気配を感じたピリカは部屋から出てフラフラと倒れた理恵に近寄った。

小さなかすれ声で「あ~っ あ~っ 理恵、理恵、起きて、ねぇ理恵」ぐったり倒れた理恵の
身体を一生懸命揺らした。 ピリカは助けを呼ぼうと辺りを見回したが、住宅地の夜中ということもあり誰も歩いていない。

しばらく呆然としているとそこに理恵の姿があった。

「理恵、大丈夫だったの? よかった。 ごめんね理恵、痛い思いさせて。 私、頑張るね……」

理恵は黙って微笑んだ。 次の瞬間、理恵は忽然と姿を消してしまった。

「理恵……!」

ピリカが足下を見ると理恵は血を流して倒れ込んだままだった。 同時にピリカもそのまま意識を失ってしまった。 新聞配達の青年が二人を発見し救急車で近くの病院に搬送された。

その後、警察がアパートの周りの現場検証に取りかかっていた。 ピリカは搬送先の病院で二時間後で意識を取り戻した。 周囲の様子から病院であることが伺えた。

「あのう…… すみません」ピリカは声を発した。

看護師が「気が付きましたか? 今、先生を呼びますから待ってて下さいね」

医師が入ってきた「どうですか? ここが何処かわかりますか?」

「病院ですか?」

「はい、ここは札南病院です。 あなたのお名前は?」

「立花美利河です」

「立花さんの住んでる住所わかりますか?」

「札幌市東区ひばりヶ丘三、五、二三」

「はい、意識障害はありませんね。 あなたはお友達と車の事故に遭われたみたいで、あなたのアパートの下で倒れていたんです。 検査しましたが外的障害はありません。 但し、栄養障害があるので点滴を受け、しばらく入院しましょう。 もう少しでご両親も来ると思いますから」

今のピリカには状況が理解できなかった。

確か……理恵が叫んだから私が外に出た……
そして理恵が倒れていてすぐに立上がり?
その辺の記憶がいまいちハッキリと思い出せない。
気が付いたら、白い壁と天井と医療機器が目に入った。

そうだ、なんで? なんで理恵が倒れていたの……?

ドアを叩く音がした。 入ってきたのは父と母。 が子を見た二人は、一瞬目を疑った。 目の前にいるのは、痩せこけ、顔色の悪い女の子だった。 たかが一ヶ月でこんなにも変わるものかと目を疑った。

「ピリカ大丈夫?」母親の優しい声。

母親の声を聞いた瞬間全ての記憶が甦ってきた。

「私は大丈夫! それより理恵、理恵ちゃん大丈夫?」

母親の目には涙が溢れていた。

ピリカは繰り返した「理恵ちゃんは?」

父親が口を開いた「ピリカ、落ち着いて聞いてほしい。 理恵ちゃんはさっき亡くなった」
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