恋は、秘密主義につき。
ややあって。気怠げに溜め息を吐かれた気配。
こんなにも、奈落の底のもっと奥に突き落とされたような気持ちになったのは。生まれて初めてだった。
次に佐瀬さんに何か言われたら、息の根が止まってしまう。・・・それぐらい苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。

「・・・あのな」

冷たくも温かくもないいつものトーンに、私の躰がビクッと震えた。

「オレにとってお嬢ちゃんは、保護対象だ。好きも嫌いもないっつーか、惚れてもマズイだろーが。・・・アイツの手前」

不意に。頭の上に大きな掌が乗せられて。宥めるように2回、ポンポンと撫でて離れていく。
思わず、鼻もぐずぐずの泣き顔を上げて佐瀬さんを見つめてしまうと。参った、とでも言いたげな表情の横顔。

「・・・悪かったよ。お嬢ちゃんがそんなに気にしてるとは思ってなかったンだわ。まあ・・・保科の言うとおり、オレなんかと仲良くしたとこでロクなことにはなんねーから、ほどほどで我慢してくれ」

そう言って口角を上げて見せた彼の。前を向いた眼差しは、優しそうに和らいでいたから。
たったそれだけで。天にも舞い上がる気持ちがして、嬉しくなって。

「ありがとうございます、これからもよろしくお願いします・・・!」

泣いたカラスはどこに行ったぐらいの、満面の笑顔をほころばせたら。
片手で頭を掻いた手がもう一度、私の頭の上に乗り。

「・・・礼なんざいーから、お手柔らかに頼むわ」

どことなく困った風で、眉を下げ気味に笑ってくれたのでした。




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