そのままの君が好き〜その恋の行方〜
私は、気が付くと、近藤さんに電話していた。呼び出し音が5回目を数えた時、近藤さんの声が聞こえて来た。


『もしもし。』


「夜分すいません、桜井です。」


『いや、こちらこそすまない。こんなことを聞かされたって、君には迷惑だったよな。』


「そんなこと、ありません。それよりどういうことなんですか?」


『わからない、こっちが聞きたいくらいなんだ。』


1週間前、出張から戻り、羽田に着いた近藤さんは、奥さんに連絡を入れた。奥さんは普通に出て、これから帰ると言うと、気をつけてって答えて、そのまま電話を切った。


ところが、それから1時間ほど経って、近藤さんが帰宅してみると、家に奥さんの姿はなく、何も知らないで、4歳の娘さんだけがスヤスヤと眠っていたのだそうだ。


『俺が電話した時、携帯だから、部屋にいたのかどうかはわからない。ただ、雰囲気から、恐らくここにいたんだと思う。テーブルには「ごめんなさい。」という書き置きと結婚指輪が置いてあった。最低の身の回りのものは、持って出たようだし、覚悟の上の行動だったんだろう。』


淡々とした近藤さんの口調とは、あまりにも似つかない壮絶な内容に、私は言葉を失う。


『八方、手を尽して探しているが、今のところ、全く行方はわからない。向こうの実家はもちろん、親しい友人にも聞いてみたが、心当たりは全然ないと言う。警察に捜索願は出したが、どこまで本気で動いてくれるか、わかったもんじゃないからな。』


「・・・。」


『異動してから、出張続きで寂しい思いをさせてしまったのかもしれないが・・・。まさか男を作って、逃げるとはな・・・。』


「やっぱり、そうなんですか?」


『わからんが、状況から考えて、そうとしか思えないだろ。旦那がもうすぐ帰って来るのを確認して、出て行ったんだろうが、それにしても夜の9時10時に幼い我が子を置き去りにして行くなんて、信じられんよ。』


私は奥さんに会ったことはない、近藤さんの携帯の待受になってる娘さんと写ってる写真を見ただけだ。


娘さんを抱っこして、微笑むその人は、可愛くて、綺麗で、純真そうで、とてもそんなことをする女性には見えなかったけど・・・。
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