世継ぎで舞姫の君に恋をする

29、王子の一行

ユーディアは途中までジプサム一行に同行をする。
付いてこなくてよい、と言われた時にはユーディアは目の前が真っ暗になるほどショックを受けたのだった。

くらっとしたユーディアをジプサムは慌ててその体で受け止める。
瞬間、柔らかな体であると思う。

「連れていってやれなくてすまない。雪山に表向き蟄居だ。その実、肉体改造トレーニング、籠城訓練、山賊討伐、騎士と親交を深める、だ」
「何それ、面白そうなのに、、、」

ユーディアは己がモルガンのためにベルゼラの考えを学ぶ以上に、ジプサムのそばにいたい自分がいる。
王の言っていたトルクメの姫との婚姻の話は進んでいないようだが、来春には決まりそうな気配を感じる。

結婚が決まったら側仕えも勉強も終わりだった。
その頃はちょうど一年。サラサたちと約束した一年になる。

「すまない」

ジプサムは己をユーディアから引き離す。
一晩中、熱に浮かされていた時に、優しい手が常に自分に添えられていた。
あれは、うっすら目を開けてようやく見たその顔はディアだった。

以前より何となく似ているかも?と思うユーディアと舞姫のディアだったが、父王と殴りあったときから、まるでユーディアがディアに見えるのだった。

あの夜どこにいたのか聞くと、厨房に、との返事だったのだが。

だから、ユーディアとの接触は自分が何をしでかすかわからない、危険さがあった。
ただでさえ、間違いであれ、ユーディアとは甘いキスをしている。
そしてディアとは激しいキスを。

このまま、ユーディアの柔らかな肩に触れ腕をつかんでいれば、自分と側仕えの奴隷との噂が噂でなくなってしまう、あやうさがあった。

ジプサムは己が信じられない。
父王に拳で勝てるはずがないのに、ディアを奪われると思ったときに噴き出した熱い思いは、制御できないものであった。
あの熱いマグマのような胸にあるものは、ディアに触れても、そして、この目の前のユーディアに対しても、同じように火がつく予感がある。

ユーディアはあの甘いキスをどのように受け止めているのだろう?
それは聞きたいが、ジプサムにはその勇気がない。
ユーディアは草原でできた、いや、人生で初めてできた大切な友人だった。
自分はそれ以上の感情も、ディアに重ねてユーディアに持っている。

あのキスは、成り行きだよ?意味なんてない。
なんて、ばっさり切り捨てられたら、ジプサムには立ち直れない気がする。


「わかった。あなたの東の離宮蟄居には側仕えはいらないんだな。なら、いったんモルガンの様子を見にかえる。途中まで同行する」
ユーディアはまっすぐジプサムを見る。
否定を許さない目だった。
「わかった。好きにするといいよ」




そして、ユーディアはジプサム一行に同行をしている。

その一行は、幌を張った荷馬車をジャンが扱う。食料、防寒具など必要なものが一式が積まれている。
そのジャンの隣にはもう一人、全員の面子を並べてみたベッカムが、とっさに強引に押し込んだ雑用係のカカがいる。

彼は、草原の民の出で、馬の扱いにも長けていて、かつ大変働きものである。
なんでもできる信頼のおける男が、王子の上品な一行には必要だとベッカムは思ったのだった。


ジプサムはジャンを見送りにきた、ガレー料理長をみる。
ふっくらした顔はうなずいた。食料などは万が一のことも考えて、三割増しの準備をしていた。

その他の者たちは、全員馬での移動である。ジプサムは赤いマントに、略礼装。

加えて、ジプサムの王騎士候補が10名。
候補たちは全員、軍部の略礼装に、帯刀とクロスボウを所持している。
トニーの隊はオレンジ、ベッカムは緑と色は違うが、同じ制服である。
それに、ジプサム、サニジン、ユーディアである。
ユーディアも普段は持たないが、ジプサムから懐刀を押し付けられていた。


騎士候補は何れも22才までの若手である。
彼らは貴族の出や裕福な家の息子たちである。
トニーとベッカムの軍部に所属しているだけあって、鍛え上げられていはいるが、品のよい顔立ちをしている。

出発してからも、彼らは、ちらちらとユーディアの顔を見ていた。
王子とその側仕えの奴隷の噂は軍部にも知れわたっていた。
間近でみる側仕えは、女と見間違えそうな美しさである。
男の愛を受けていると、女のように艶やかな肌になるのか、それともそのような奴隷であるから、王子に愛されるのか。

側仕えは、長くうねる黒髪を大きくひとつに三つ編みにし、まっすぐに見る。

騎士候補たちは、ユーディアの美しさを探ろうとさらに視線をやると、真っ直ぐな視線を返されて、すごすごと目をそらすことになる。
その王子の騎士候補のひとりに、他の貴族の息子たちとは異色の、モルガン人が混ざっている。浅黒い褐色の肌に黒髪を細かく三つ編みをしている。
彼は、彼らの隊長のトニーのお気にいりのモルガン人である。

彼は、王子の奴隷と一緒に捕虜となり、別々に落札された奴隷ではあるが、彼の扱いはもはや奴隷ではない。
その頭の良さや、運動神経の良さはベルゼラ軍部の中でも飛び抜けて良かった。
彼の指導により、鷹を使った狩りや戦への応用も考えられていた。

戦への応用は、蛮族の奴隷の男、ブルースは一貫して拒んでいた。
主義主張を曲げない、そういうところもトニーのお気に入りである。

そして、夕方の自由時間には町に遊びに行くこともなく、王宮の図書館で読み書きなどを勉強し今は、普通のベルゼラ人でも書けない文字をスラスラと書く、まじめで秀才ぶりを見せつけている。

規律の厳しい軍部にあって、蛮族の髪型が許される特例の男である。
銀髪のトニー隊長と、ブルースが並んでいるところは、女たちのため息を誘うほど絵になるのである。

そのブルースは、先頭を行くジプサム王子とその側仕えを見ていた。
トニーの隊のギースが声を掛けようとして思い止まる。
ブルースが冷たい目をして、ジプサム王子と側仕えを見ていたからだ。
ギースはモルガン人の二人が、兄弟のように仲が良かったと聞いたことがある。
ブルースが守っていたと聞いている。
もしかして、兄弟以上の関係だったのかもしれない、とギースは思う。

「恋人同士だったとか?」
独り言をいっていた。
ギロリとブルースに睨まれた。
「許嫁だ!」
「そ、そうか」
独り言に返事が返ってきたことに驚くが、その返事は意味不明だった。
モルガン族間では男同士で結婚ができるのだろうか?
だが、その許嫁は王子の愛人になっていて、、。

「国が違えば、いろんな常識が違うんだな!お前も大変だな!応援しているから!」

ギースは言った。ブルースは眉をあげるが、返事は返ってこなかったのだった。

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