世継ぎで舞姫の君に恋をする
第五話 山賊退治

28、東の離宮

「おはようございます」
ジプサムの遅い出廷に、一様にその顔を見て、目を丸くして、頭を下げる。
王子の顔はまだらの酷い顔をしている。
王騎士たちも、二日前の夜の節分祭の乱闘事件は、その場にたまたま立ち会い、止めに入った者も多かった。

彼らは、以前まで存在感の薄かったジプサム王子が、意見なども言えるようになり、最近は変わりつつあるのに気づいてはいたが、まさか、父王に喧嘩を吹っ掛けるほどに変わったのだということを、目の当たりにしていた。

ジプサムも恥じるようすもなく、その顔を彩る生々しい青アザを晒している。


「もう、よろしいのですか?」
王の側近、ハリルホが心配気に声をかける。彼は、サニジンの父親である。

「ありがとう、もう大丈夫だ」
ジプサムは笑顔を作ろうとしたが、痛みにひきつる。

「よく休めたか?」
王が話しかける。にこやかな表情ではあるが、目の奥が油断のならない光を帯びている。

「はい。節分祭のご無礼をお許しください。王とはまったく気がついておりませんでした。
一日お休みをいただきましたので、すっかり回復をいたしました。それより王は大丈夫でしょうか」

ぐるぐると王は腕を回す。
「わたしは日頃から肉弾戦のトレーニングを受けているから大丈夫だ。
お互い、仮面をかぶりあっていて、誰だかわからなかったこともあるしな!」
王はしれっという。

一発目で王の仮面はぶっ飛び、王によりジプサムの仮面が剥ぎ取られたことはなかったことになっている。

「それより、ジプサムはもっと体を鍛えた方がよい。それでは、刺客を差し向けられたり、暴徒に襲われたりしたときに、対処ができないだろう?いつも、サニジンらがいてくれるとは限らないからな!
自分の身は最低限守れることは王として大事だ!」

「はい」
ジプサムは頭を下げる。
その王の言葉に、騎士や事務官たちはざわめいた。

王は毎日トレーニングを欠かさない。
レグランは35才。非常に若い王である。
ジプサムは18才のときの子である。
王が若いために、世代交代はずっと先だと思われている。

王がはじめてジプサムに、次期王になったらと例えたのだ。
そんなことは一度もなかった。
王の中でも、ジプサムの位置付けが確実にあがっていっているようだった。

「、、、だが、玉体に拳を振り上げた無礼は息子であれ一日謹慎だけだと示しがつかないだろう?」

レグラン王は、口の端を撫でながらいう。
そこには切りきずが線となってハッキリと残っている。

「改めて、お前に春まで東の離宮での蟄居を命じる。
そこで、肉弾戦に堪えうる肉体改造をせよ。
専属の先生をベッカムとトニーにつけてもらえ!
ひと冬越えられるだけの装備と、食料と、トレーニング道具類、快適に過ごせるための嗜好品など、全て考えて用意せよ!
連れていけるものは最低限の人数である!」

きらりと王の目が光っている。
離宮は国交を断絶しているリビエラ国と、同盟国トルクメ、草原のモルガンに接している、ベルゼラでは珍しい山林地域である。
年によっては豪雪地帯になることもある。

騎士たちがざわめきだす。
王はただ、罰として王子に離宮に蟄居とトレーニングを命じたのではないようだった。

「これからは時期的にいろんなことが落ち着き、動かない冬になる。今日中に手配をして、明日には出発せよ!
春の節分を迎えるまで帰国はできないものと思え!」

「かしこまりました」
ジプサムは頭を下げ、そのまま引き下がる。王の命令は絶対だった。
王の体に傷をつけて、処刑されたものもいる。

ジプサムは部屋を出るまえに、面白そうに成り行きを見守る強面の顔と、穏やかな表情の銀髪の男を見る。

「ベッカム、トニー、部屋にこい!」
ジプサムは二人に命じ、自分の執務室に引き連れる。もちろんサニジンも引き連れる。

「王の意図はなんだ?」
王の言葉通りではない意図を感じる。

「ひとつは、少人数での籠城をせねばならなぬようになったときの籠城トレーニングでしょうな。ひと冬堪えうるだけの装備や備えをできるかどうか」
ベッカムは言った。

「あの山林地域は最近は山越えの盗賊がでるという被害が出ております。それにも対処せよ、とのことでしょう」
トニーは、最近の辺境地域のベルゼラ国被害を思い返す。

「それらを踏まえて、王子の対応ができるかどうか。王の試練を乗り切れ!ということですね」
緊張した面持のサニジンがいう。
既に手元には、思い付く限りの必要なもののリストを書き出している。

「春まで3ヶ月間の食料、防寒具類、武器類、荷運用の人馬、、、」
そこで、はたと顔上げる。

「離宮にはベッカムさまや、トニーさまは行ったことがありますか?」
二人は顔を見合わせた。
ベッカムが答える。
「もちろんだ。王が最初に作った、妻のための離宮だ。小さいが堅牢にできている。王に付き従い何度も往復した。
あそこは最初の奥さまがお住まいになられておられた。モルガン族の娘だった。
その後も何度かいっている。ジプサム王子も子供の頃いかれたこともある」

そういわれて、ジプサムは王に連れられて森の離宮に連れていってもらったことを思い出す。
そこには、黒髪のはかなげな娘がいた。
その娘を父王は慈しんでいて、母上よりも大事にされているようで、子供ながらに妬いたこともあった。
だが、そんな子供心も、娘が美味しいものを作ってくれたり、森で一緒に遊んでくれたりで、大好きになったのだった。

「ああ、思い出した。その翌年から、わたしはモルガン族に預けられるようになった。後宮にいるよりも自然の中で駆け回るほうが元気になると、医師にいわれて」

どうして、そのことを忘れていたのだろうと思う。
だが、今は思い出に浸っている場合ではなかった。

サニジンが挙げたリストに、実際に籠城経験もあるベッカムやトニーらを交えて、練り上げる。


ベッカムやトニーからは若手を5名ずつ選抜する。それはなかなか進まない王子の騎士候補たちでもあった。
ひと冬でお互いの距離がぐっと近くなるだろう。

「なるほど、わたしの騎士を強制的に選ばせるつもりでもあるのだな」
ジプサムは言った。

「ユーディアはどうされますか?」
サニジンは聞く。
一人増えるだけで、必要な総量がかわってくる。

自分だけ、側仕えを持つのはできなかった。
王子も薪割りなどしないといけないかもしれない。

「置いていく!ユーディアには春まで休暇だ。わたしと一緒に蟄居する必要はない!」
ジプサムはいう。
だが、言ったそばからその決意を取り消したくなるのを振りきった。


厨房からも1名の予定である。
13名ほどの食事を作る。
料理長のガレーは皆を集めた。

「限られた食材や燃料で何を作り食べさせるが、これは王子以下13名の籠城を想定した、大事な訓練の一貫である!
食材選びなどのアドバイスは私も行う!これにチャレンジをするものはいないか?」

見習いの8名は顔を見合わせた。
一人で13名分、3ヶ月、雪山での食事作りである。
数名がおずおずと名乗りを上げる。
ガレーは彼らの睨み付け、さらに言う。

「これはもしかして、蟄居以上の過酷な籠城になるかもしれない。あまり仲が良いとはいえない、リビエラとも近い!
それがわかった上での志願か?」

そういわれて、二人が手を下げた。
危険な場所に敢えて飛び込んでいく必要はない。またの、きれいな仕事のチャンスは巡ってくるだろう。

残ったのはひとり、まだ16才の少年のジャンである。
最近は身長も伸びてきていた。
仕事はガレーからみたらまだまだだが、そのガッツと、のびしろをガレーは買う。

「よし、厨房はまだまだヒヨッコではあるが、ガッツは一人前だ!ジャンで決まりだ!
さあ必要なものを洗い出せ!わたしが確認する!」
厨房はジャンで決まった。

その日は王宮はジプサム一行の旅支度で忙しくなる。
荷馬車台に食料や防寒具などを積み込んだのであった。


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