世継ぎで舞姫の君に恋をする

47、リリーシャの荷物

離宮には、一番スノーシュウの上達が速い、ハメスとゴメスが行く。
レグラン王と王子一行が離宮に戻ってきたときには、トルクメの姫が金の髪を美しく結いあげて装い、彼らを出迎えた。
コートに体を包みつつも、堂々たる王と王の騎士たちには華があり迫力があった。

自らも王族ではあるが、リリーシャも沸き上がった唾を飲み込む。
「いつきてくださるのかとお待ちしておりました。レグラン王!」
華やかな笑顔をリリーシャは浮かべる。
レグランは腕を大きく広げてリリーシャを抱き締める。
リリーシャはその頬に軽くキスをする。
「一段ときれいになったのではないか?田舎の空気がいいのかな?」
「ありがとうございます」
リリーシャは少し困ったように眉を寄せた。
「ただ、ここに来るまでの馬車が途中でダメになって必要なものを全部運びきれてないのです。取りに行ってもよいものかと、、。レグラン王もいらっしゃってくださったので、せっかくだから美しくありたいと思うのですが、、」
王は破顔する。
若くて美しい姫におねだりのように言われて嬉しくないものはいない。

「まったく、息子は女性に対する配慮が欠けているのを許してくれ。さっそく、ゴメスにでも取りにいかせよう!」

ぱあっとリリーシャの顔が明るくなった。
ゴメスは前回荷物を取りに行ったブルースとギースを連れて再びスノーシュウを掃き、雪の森にでる。

「待って!わたしも行く!」
そういったのはユーディアである。
慌てて、その後ろに付く。
はじめてのスノーシュウだったが、ぐるりと一周をして、何となくすべりも、登りもつかめそうだったのだ。
それに、何よりレグラン王と一緒にいたくないというのもある。

単純にレグラン王が怖いのだ。

ゴメスは二人が場所を覚えているのを確認すると、
「荷物は後にして、雪を確認する」と言って、三人を連れて大回りをする。

「何を確認しているのか教えてくれ」

とブルースに言われて、ゴメスは自分の確認ポイントを教える。
仕掛け罠、侵入者確認用のヒモ位置、雪崩が起きやすいところのポイント。
斜面に雪のヒビや出っ張り、雪の玉が落ちてきていないか、など。


離宮よりも少し高い位置に登る。
離宮も、ユーディアがレグラン王に捕まった木立のない斜面も、よく見渡せる。

山頂までもう少しあるが、上まで昇らない。
「登るのはここまでだ。これ以上登ると、それがきっかけで雪崩を起こしたりすることもある」
そして、山頂の出っ張りを指す。
ボコりと張り出した雪の固まりだった。
山の風が吹き寄せて、雪が盛り上がるのだ。

「あれが落ちると雪崩が起こる。地面や空気の振動でも大規模な雪崩が起きる。
通り道は、木立がまばらなところか、以前雪崩があったところ。
離宮のそばの木立も背が低くてすかすかだろう?数年前に雪崩にやられた」

ユーディアにはずっと気になることがある。

「ゴメス、その雪崩って何?そんなに怖いものなの?」

ゴメスはビックリする。
ユーディアだけでなく、ブルースもギースもピンとこない顔をしている。

「ああ、あなたたちは雪山の恐さをわかっていないのだな。今年は雪がよく降り、最近は少し暖かくなっている。
こんなときは表そう雪崩が起きやすくなって、積もった雪が一斉になにかもを巻き込みながら、山が崩れたかと思われるぐらい、雪崩落ちる」

ユーディアは想像しようとした。

「巻き込まれたらどうしたらいいの?」
ユーディアは一応尋ねる。
ゴメスはいう。

「間に合いそうならば横に走って逃げる。木や何か掴めるものがあればしがみつく。それが無理なら、板を外して、手をこうして、、」

ゴメスは両腕を後ろから前に左右同時に回す。

「雪を叩きつけるようにして雪の上に浮上する。雪の流れに乗って泳ぐ。それでも雪に閉じ込められそうなら、三角座りの格好をする。
呼吸の為に空気を確保するんだ。そして、助けを待つ!」

「なるほど。横に逃げる。しがみつく。泳ぐ。三角座りで空気確保だね、わかった!」
「そんなに、巻き込まれる機会なんてないんじゃあないですか?」
とギースは言った。
「知っていて損はないよ」
ゴメスは答えた。


馬車は半分ほど雪に埋もれた状態でそのままあった。誰もこの季節、山を越えようとしたものはいないようだった。
残っていたのは着替えなどが入った衣装箱と、トルクメの特産の酒樽。
力持ちのゴメスが抱える。
「今度は全部もってきてくださる?」
とリリーシャが嫌みを含ませて言ったからだ。


午後からは、離宮は大移動である。
王騎士たちは普段鍛練に使うところを自分達の休憩所にしようとするが、ジプサムは必死に止める。
今は一人ずつ使っていた彼の騎士候補たちの部屋を、複数で使い、部屋を空ける。

「王は、わたしが使っている部屋を使ってください。もともとが王の部屋ですから」
「いや、いい。わたしは隣の王妃の部屋を使う。
部屋が足りないようなら、お前はトルクメの姫と一緒に使ったらどうだ?
わたしは王妃の間で、可愛いディアと過ごすか」
「王よ、ディアはわたしの側仕えなので、どこにもやりません!
それにリリーシャ姫とも過ごしません!彼女にはお帰りいただきますから」

ジプサムの語気が強くなる。
王は息子との節分祭の時の、ディアをめぐる殴り合いを忘れていない。

「この離宮でお前は強くなったか?今度確認するとしよう!」

「また、ケンカですか、、」
側近のハリルホがうんざりいう。
あははっと豪快に豪の王は笑った。

王は人としての魅力に溢れている。
ジプサムはいつもかなわないと思う。

レグラン王は首の鎖を引き出した。
その鎖には、肌身離さず身に付けている鍵が繋がれていた。
王は鍵を回す。

「ジプサム、夕食まで一人になる。
ハリルホ、誰もいれるな」
王は王妃の間に入った。
ハリルホは王妃の部屋の扉を守る。
ハリルホはサニジンにも王子の部屋を守れと指示をする。
「他国の者がいる。どんな時でも気を緩めるな!」
サニジンの顔が引き締まった。
ハリルホはサニジンの父である。サニジンの目標は父である。

父と比べられる度に、自分の不甲斐なさを見せつけられるような気がする。
サニジンがジプサムを主に定めて揺るがないのも、境遇が似ているからかもとサニジンは思うのだ。
そして、ジプサムはなんにもできないと無力感に押し潰されていた頃から比べて、随分成長していた。

自分もジプサム王子に負けずに成長し、相応しい側近になるのだ、と決意するのだった。



リリーシャは荷物を受け取る。
トルクメの酒に衣装箱。
衣装箱の隠しポケットには薬草を乾燥させて粉末にしたものが用意されていた。
これを使うことにならないといいとリリーシャは思った。
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