【完】さつきあめ〜2nd〜

背中を向けたまま、車を降りた。
勢いよく走り出したのは、これ以上一緒にいたら涙がこぼれて止まらなくなってしまうからで
それでもいまの私たちじゃ、一緒にいる未来は選び取れなかったね。

「夕陽!!!」

大きな声に、足をぴたりと止める。

初めて呼んでくれた名前。決して呼ぶことのなかったわたしの本名。
気がつけば、見上げた夜空が滲んでいて、両目から涙がこぼれていた事に気づく。

「…そうやって、お前の名前を呼ぶことをいつも躊躇ってきた…。
本当はいつもそう呼びたかった…。
それでもお前をそうやって呼ぶたびに、光の顔が俺の中でちらついた」

沢山後悔をした夜はあった。戻りたい場所もあった。
捨てたくなくても、捨てなくてはいけない夜に、どれだけの涙を流したとして手に出来ない物も沢山あっただろう。
それでも、幸せだった夜も、悲しくて誰かに縋るしかなかった夜も、紛れもなくそこにいたのは自分で
それを選択したのも自分自身で、もう戻れない今を生きている。

マンションのベランダからは今日も変わらない景色をうんざりするほど繰り返す毎日。
遠くの空が灰色に染まったかと思えば、ぽつりぽつりと雨音が聴こえる。
明け方までぽつぽつと降っていた雨は灰色のコンクリートを黒く染めた後に遠くから朝焼けを運んできてくれた。


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