バンパイア・ トラブル


おれは引っかかる何かを感じながらも仕事を終え、着替えて帰り支度のワンピース姿の千波礼子に声をかけた。

スニーカーではなくヒールを履いている。




「千波さん、今日はお疲れさま。疲れたでしょ?」
「はい」



礼子は頷く。



本は重い。

カラー印刷が増えている分、重量も増しているように思う。
注文はインターネットで出来るが実物を動かすのは人力だ。

千冊単位を運ぶんだから疲れて当然だ。



「ねえ早速だけど、呑みにいかない?」



おれがストレート云うと礼子は困った表情を見せた。
疲れているし早く帰りたいところだろう。

新しい職場の人間に誘われて断りずらいだろうし、ハラスメントだと指摘されるかもな。


しかし千波礼子は美人だ。


他の男が寄りついて来るのも時間の問題だ。
そんな事を気にしている場合じゃない。

ここは、おれが一番乗りにする。



「笠原さん、風邪なのでは?」



おれのマスクを見て礼子が云った。
まあ、そう思うわな。



「大したことはないんだ。これの快気祝いも兼ねようかな」



風邪じゃなくて失恋だが、理由はどうでもいい。
礼子がおれを見つめ口を開く。



「笠原さんとサシ呑みということですか?」
「うん。口説きたいから」



おれが笑顔で云うと礼子は口元に手を当て小さく吹き出した。

あまり表情が変わらない女だと思っていたから、それを見てちょっと安心した。

やっぱり緊張していたのかな。



「正直な人ですね」
「それが取り柄だからさ」



おれは片目を瞑ってみせる。


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