夢物語
 「……家の前まで、送ってもいいんだけど」


 「いや、ここでいいから」


 「分かった。気を付けてね」


 あっという間に車は札幌に戻り、私の家の近くまで。


 もうすでに夜は更けているものの、家から百メートルくらい離れた通りの、自動販売機の前で車を降りるのが習慣。


 会ったその度に家まで送ってもらっていたら、親に勘付かれる可能性が高い上、近所の目もある。


 ……前回の反省を踏まえて、細心の注意を払っている。


 前回は不倫関係にもかかわらず、派手にやり過ぎたため、周囲に白い目で見られ、疑いをかけられた挙句に破滅に至った。


 もうあんな目に遭いたくはない。


 だからこそこの恋に関しては、より一層慎重になる必要がある。


 二度とあんな思いはしないためにも。


 ただ時々、どうして独身同士であるにもかかわらず、こんなにひた隠しにしなければならないのだろうと、不満を覚えることもある。


 でも次の瞬間、西本くんには彼女がいるのだから……と言い聞かす。


 彼女さえいなければ、私は晴れて西本くんと?


 ……でも今は何も言えない。


 余計な一言で、この関係が壊れてしまうのが怖い。


 夢から覚めてしまうのが。


 今のままでいい、彼女と別れてしまえばいい……そんな二つの相反する願いが、いつも私の心の中で暴れている。
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