クールな御曹司と愛され新妻契約
つまり、この一ヶ月間は契約結婚でさえなく、千景さんが私をただ助けてくれただけの便宜的な同居に過ぎなかったのだ。

「契約結婚ですら……なかったの、なら、……良かったんだよね。そう、良かった」

だって、離婚をしなくても済むし、面倒な手続きもしなくていい。

二人には、一ヶ月間たくさん迷惑をかけてしまったけど……赤ちゃんのパパの戸籍を、私のせいで傷つけることもなく済んだ。

「……良かったぁ……っ」

そう思うのに、思考に反して目頭は熱くなり、視界は一瞬で溢れた涙で歪んだ。


ぽたり、ぽたり、と大粒の涙が手に持っていた婚姻届へ滲む。

ボールペンのインクがジワジワと滲んで、妻の欄に書かれていた【麗】の字は、黒く潰れて読めなくなった。



今まで厚顔無恥で過ごしてきた自分が、恥ずかしい。

千景さんが『契約結婚をして良かった』と思ってくれていたら……なんて考えていた自分が、烏滸がましい。

愛されたいなんて、ほんの少しでも願ってしまった自分が、惨めだ。
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