クールな御曹司と愛され新妻契約
朝からキュンとさせられてしまった私は照れ隠しをしながら顔をそむけ、「お時間ですよ」と伝えるのが精一杯だった。

機嫌良さそうな表情で「悪戯はここまでか」と微笑んだ千景さんは、ソファと彼の間に閉じ込めていた私の拘束を解いて立ち上がると、ビジネスバッグを片手にリビングルームを出る。

「忘れ物などはありませんか?」

廊下を通って玄関に向かう彼の後ろを慌てて追いながら問いかけていた私は、「あっ!」と自分で声を上げ、すぐさまキッチンへ引き返す。

「すみません! お箸、忘れちゃうところでした……っ」

昼食にお箸が無いなんてあってはならない。
つい作り置きやお弁当を詰めるだけで仕事を終えてきた癖が、こんなところで出るなんて。

ハウスキーパーとしてあってはならない凡ミスに、顔を真っ赤にしながら私はお箸ケースを両手で差し出す。

「麗さんには、そんなところもあるんですね。意外だな」

千景さんは口元を軽く握った指先で隠しながら、クスッと小さく笑う。

「大丈夫ですよ。いざとなれば買い置きをデスクに常備しておきますから。俺にはあなたが作ってくれたお弁当があれば、それだけで十分だ」
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