過去の精算

「ねぇー…
ちょっとやりすぎじゃない?」

いつもの様にうちに食事しに来た彼へ、私は問い掛けた。

「なにが?」

「最近、前谷君、みんなから酷い言われ様だよ?」

今日なんかは、『あの人が院長になったらどうなるの?』と言う声を聞いた。
初めこそ、一度で良いから、彼に抱かれたいと言っていた人達が、今は掌を返した発言をしているのだ。

「別に、俺はなに言われても良いさ!
未琴を守れるならね?」

前谷君…

「でも…病院の評判にも傷がつくし…」

「病院の評判に傷?
未琴は、本当にうちの病院が大切なんだな?」

「なんかその言い方、棘がない?
前谷君って、町の人や患者さんを大切にしてると思ってると、たまに、冷たい言い方するよね?」

「別に…未琴が俺以外の事を心配するから、ヤキモチ焼いてるだけ!」

それなら良いけど…
でも…病院の評判に傷がつくと…

「それより、引っ越しの事考えてくれた?」

「うん…引っ越しの事なんだけど…やっぱり…」

彼から提案されていた引っ越しだが、母との思い出のこの部屋を出るのは、やっぱり寂しい。
築年数も随分経っていて、天井からの雨漏りは無いにしろ、窓枠の木のサッシからは雨が押し寄せて来るし、シャワーが無いのも、不便では有るけど、それでも、長年住み慣れた家だし、何より母との思い出は抱えきれないほど有る。

「そっか…仕方ないよな。
お母さんとの思い出が詰まった部屋だもんな?」

「ごめん…」

「謝る必要ないよ?
でも、もし気持ちが変わったら教えて?」

「うん。有難う」

「俺は、いつでもウェルカムだからさ?」

「え?」

「俺、先に家出たんだ」

先に…出た?

「前谷君…今…なんて言ったの…?」

「ん? ああ、まだ話してなかったな?
実は俺、先週末から家出たんだ」

家を…出た…?

「どうして?」

「んー、色々考えてね?」

「一人で…住んでるの?」

彼が家を出たと聞いて、誰か女の人と、住んでるじゃないかと不安に駆られた。
だが、彼は一人で住んでると言う。

じゃ、今後私の知らない女(ひと)と住む予定なんだと、凄く不安でなにも言葉が出て来なかった。

「あっ、これ俺の家の地図と鍵な!」

鍵…?
私に?

「えっ? 鍵…私が持ってて良いの?」

「当たり前だろ?
未琴しか渡す相手居ないし、母親にも渡してない。
本当は、未琴と一緒に住む為に借りたんだけど、未琴の気持ちも分かるから、無理強いはしない。
だから、好きな時に来て良いから?
心配なら、全然抜き打ちで来てもらってかまわないからな?
俺には、未琴さえいれば良い。
他には何も…いらない」

ん?

彼の言葉尻に違和感を感じた。
何かを、私に伝えようとしてる様な、何かいつもと違う様に感じるのは、気のせいだろうか?

「ねぇ、何か心配事あるなら言ってね?」

「別に何も無いけど?」

「でも、なんか変だよ?
いつもの前谷君じゃ無いみたい」

「ん〜心配事と言うより、悩み事かな?」

やっぱり…




< 104 / 184 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop