過去の精算
そして、準備良い事に、院長婦人は婚姻用紙を、テーブルの上に出し、もう一枚書類を出したのだ。
これって…
「これは…」
もう一枚は財産放棄と書かれた書類だ。
「後の説明は、サインしてからでいいでしょ?
ほら、早くサインなさい?」
婚姻用紙には、既に院長先生と院長婦人のサインがしてあった。
何がどうなってるのか、分からない!
頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考える事が出来ない。
「訳の分からないものに、サイン出来ません!」
院長婦人は、仕方ないと話し始めた。
病院を含む財産を私へ譲るという院長をどうしたものかと考え、前谷君と私が結婚さえすれば、財産が全て手に入ると考えたと言う。
そして、婚姻後財産の名義を全て、彼へ書き換えた後、離婚をさせ、楓 銀行のお嬢さんと結婚させると言う。
「貴女は医者じゃ無いんだから、病院なんて引き継いでも困るでしょ?
それに、貴女だって、世界一の外科医の和臣とは釣り合わない事くらい分かるでしょ?
和臣には、もっと良いところのお嬢さんじゃないとね?」
「…この事…初めから前谷君は知ってたの?」
「俺は…」
否定しないんだ?
繋いでいた手もいつのまにか離れていた。
そっか?
そうだよね?
じゃなきゃ、私なんかの相手しようなんて思わないもんね?
「クズ…」
私の呟きは誰の耳にも聞こえなかった様で、院長夫人は楽しそうに話を続けた。
「お金はそれなりに渡してあげるわ?
下着が盗まれる様なところ怖いものね?
【コーポ・メゾン春川】だったかしら?
あんな木造の古いアパートなんて出て、もっと防犯管理の行き届いたところに住めるだけのお金は差し上げるわ?」
名前だけ聞いて、あのアパートを、誰が木造二階建ての古いアパートだと思うだろう。
泥棒に入られた事は、警察に届けは出したし、彼にも話した。
だからこそ、彼は心配して一緒に住もうと言ってくれたのだから。
だが、下着が盗まれた事は、警察にも、彼にも話していない。
盗まれた物は何も無いと言ったし、母の位牌が壊されていた事も話してない。
きっと、私に怨みがある人の仕業だと思ったからだ。
それなのに…
院長夫人が知ってるってどういう事?