過去の精算

その後もなにかと、彼は男湯から声をかけて来た。
どこの湯が熱いだとか、電気風呂は気をつけて入れだのと、ホント煩かった。
男湯から呼ばれる度に、クスクスと笑われ、ホント恥ずかしいたらない。

「おーい!」

「今度はなに!?」

「俺、もう出るけど?」

「勝手に出れば!」

「挨拶がわりに一杯奢ってやるから、あんたも出ろよ?」

奢ってくれるの?
風呂上がりのビールは格別だろう?
まぁそこまで言うなら、出てやるか?

「分かった!」

「じゃ番台な?」

番台?
番台って…入り口って事?

服を着て番台へと行くと、“ ようこそ、松の湯へ” と、彼は番台越しにビン入りの牛乳を渡して来た。
番台に座ってるお婆さんは、私が来た時と変わらず、目をつぶってちょこんと座ったままで、起きてるのか寝てるのか分からない。

「牛乳?」

「何だよ不満か?」

「だって、一杯奢るって言ったから…
てっきりお酒だと思うじゃない?」

「銭湯って言ったら、牛乳だろ?」

そんな事知るか!
私は銭湯じたいが初めてなんだから!

「お礼は言うわ、有難う!」

お礼を言うと、彼は、“ 少し話さないか?” と言うので、番台前にあるイスに座り、間仕切り越しに、私達は話すことにした。

「ねぇーちゃん名前は?」

「なにこれって、ナンパなの?」

「はぁ? …違うわ!
ふ、普通…初めてあったら、名前くらい聞くのが礼儀だろ?」

「礼儀ねぇ?
礼儀なら、まず自分から名乗るのが、礼儀だと思うけど?」

「なんだ、俺の名前知りたかったのか?
それならそうと、素直に聞けば良いのに?」

はぁ…

あまりのバカっぷりに溜息が出る。

その時、彼と一緒に入って来た、同僚らしき人が、彼を “ ヒロ ” と、呼んだ。




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