過去の精算

「沙織とは、私が渡米先から戻って半年くらい経った頃、救急外来で出会った。

最初、沙織への印象は、あまり良いものでは無かった。
特別綺麗でも無かったし、気が強くてズケズケ物を言う女性だったからね?
まぁ救急担当なら、あのくらい気が強くなきゃ務まらないだろうけど?」

どこか昔を懐かしむ様に話す、院長に腹がたった。
この人の中には、私の知らない母がいる。
私はもっと母との思い出を作りたかった。
苦労させた分、私が母を幸せにしたかった。
でも…もう…叶わないのに…
この人は母を思い出し、微笑みすら浮かべてる。

「でも、彼女が言う事はいつも正しかった。
患者を思い仲間の事を思い、間違ってる事は間違ってると、相手が副院長の私にさえ意見する女性だった。

私は渡米先でボランティアに参加していてね?
向こうは、日本みたいに保険制度がなくて、病気になっても、貧しい者は病院で診察を受けるどころか、薬すら手に入らなかった。
救急で病院に運ばれても、お金が無いと直ぐに病院を追い出されてしまう。

人の命は皆同じなのに…

そんな思いから、色々な事情で保険に入れない人達の為に、私は隣町の高架下で無料診察を始めた。
診察を初めて三カ月が経った頃、偶然通りかかった沙織が私を見つけたんだ。

沙織は私の話を聞いて、“ 良い事は一人でしてないで、その優越感を私にも分けなさい!” って笑って言ったんだ。
勿論、私には優越感なんてもって無かったし、沙織も本気で言った訳じゃ無い。
沙織はその日から診察を手伝ってくれるようになった。

ある日、たまには食事でもして帰ろうと、二人で歩いていると、助けを呼ぶ声がした」

それがママだったと院長は言う。
多分、ママの姪御さんの出産の時の事だろう。
院長は、その後診察する場所を変えたと言う。
そのきっかけは、ママの姪御さんの出産であり、私の母の言葉だったと言う。




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