この溺愛にはワケがある!?

黒田隆政という男

土曜日、質素な平屋の家の前に一台の高級車が停まる。
黒の高級国産車は美しく洗車され、覗けば鏡のように姿まで綺麗に映した。
どうみてもその場にそぐわない車に、連絡をもらって玄関で待っていた美織は持っていたバッグを落としそうなくらい驚いた。

(金持ちっているのね……この車で家が一軒建ちそう……)

「ごめん、待たせた?」

運転席から颯爽と降りてきた隆政は、当たり前だがスーツではなく、洗い晒しのシャツに濃い色のデニムを履き、とても感じの良い青年に見える。
もし、お見合いであんな風に出会ってなかったら、彼の印象はまるで違っていたかもしれない。

「いっ、いいえ。大丈夫」

「じゃ、行こうか」

隆政は助手席のドアを開けて、美織を中に促した。
助手席のシートは想像以上にふかふかで、体が吸い込まれるように沈んでいく。
それが気持ち良くて背中をグリグリ押し付けていると、運転しながら横目で見ていた隆政がくすくすと楽しそうに笑った。

「な、なんですか?!」

「かわいいな、って」

「な!………………」

(恐ろしい、本当に恐ろしい。こんなセリフをさらっと言えるなんて、きっと百戦錬磨の手練れなんだわ!)

などと考えながら、ドキドキする心臓を必死で押さえ込む。
その間にも信号で停まる度にこちらを向いて微笑む隆政は、攻撃の手を緩めることはない。
美織の興味のありそうな話題をいくつか提示し、その表情から推測して反応の良い話題を選んで掘り下げる。
美織が話し出すと必ず聞き役に回り、話が尽きかけたと思うと間を開けずに自分が話す。
見事だな、と美織は感心した。
そして隆政があれほど自信たっぷりだったのが理解出来た気がしていた。
巧みな話術、飽きさせない話題、スッと懐に入ってくるしなやかさ。
持って生まれたものなのだろう、人を惹き付けるカリスマも備わっている。
なるほど、これならば仕事にも恋にも自信が持てるのも納得だ。

だが、美織はその姿が本当の彼の何かを覆う分厚い鎧のような気もしていた。
最初のお見合いの時、隆政は美織が自分を選ぶと信じて疑っていなかった。
だがそうではないとわかったときのあの表情。
あれが鎧が外れた瞬間だったのだとしたら。
人のことをあれこれ詮索するつもりはない。
それも会ったばかりのほとんど他人のような男のことだ。
目の前で微笑み続ける男の鎧の下にどんな秘密があろうとも、それに触れることはないだろう。
と、美織も社交辞令のように隆政に微笑み返した。
< 18 / 173 >

この作品をシェア

pagetop