この溺愛にはワケがある!?

進水式①

師走は早いというが、美織にとっての十二月は例年にないくらいの早さで過ぎていた。
仕事は相変わらず忙しい。
その仕事の忙しさに加え、美織にはプライベートの忙しさも加わった。
何を血迷ったか年の瀬になって彼氏なんぞを作ってしまった為だ。
正直『来年からでお願いします』と言えば良かったかなと美織は真剣に考えたりもしている。
そんな慌ただしい中、約束の日はやって来た。
十二月第二週目の日曜日。
そう例の『進水式』のお手伝いの日だ。
進水式の行われる時間は潮の満ち引きによって決められる。
朝早い日もあれば昼に近い日もあり、大潮の満潮時に行われるのが通例だ、というのが隆政に事前に聞いた情報である。
当日の満潮は十時十三分。
諸々の準備の為、朝七時には迎えに来るそうだ。
朝が得意な美織は、早い時間に起きて支度を整え朝ご飯をしっかり食べた。
そして更に食後のコーヒーも飲むという余裕をかまし時間になるのを待っている。
手ぶらでいいと聞いていたが、一応小さなバッグにお財布とスマホ、コンタクトに問題があったときの予備のメガネ(これ大事!)、ハンカチを入れいい頃合いの時間になると玄関を出た。
それから一分も経たずに、車で迎えにきた隆政と目的地へ向かうのである。
車の中では隆政から簡単な説明を受けた。
まず貸衣装店へ行き、着付けとメイクをして会社で進水式、その後、ホテルで懇親会。
とても簡単な説明でなんだ案外あっさりしてるんだ、と美織は思った。
だが、まさに今日この日!
その後の美織の人生を左右することが起ころうとはまだ夢にも思っていなかったのである……。


最初の目的地である貸衣装店は、黒田造船経営のホテル内にある。
朝早いからか従業員はおらず、二人を迎えてくれたのは貸衣装店の奥さんだった。
奥まった鏡の間に通されると、既にいろいろな振袖が出されている。
それを一つ一つ見て確かめる隆政は、首を横に振り続けダメ出しをした。
そうこうするうちにもう時間は随分押している。
美織はさっさと決めて早くメイクをしなければ間に合わないのでは?と気が気ではなかった。

「副社長?これなんかどうかしら?」

しっかりした性格で体格もそれに比例している衣装店の奥さんが、隆政に問い掛ける。
商売とはいえ奥さんも良く隆政のダメ出しに付き合ってられるな、と美織は感心した。

「うーん、これは違うな。色が派手過ぎる。みおにはもっと上品で押さえた発色……柄はそうだな小花よりは大花の方がいい」

「まぁ!さすが、良くわかってらっしゃるのね!わかりました、とっておきのを持ってきますわね!!」

と、美織に笑いかけると奥へと消える。

「た、隆政さん??あの、もうこの辺で妥協しましょうよ……もう何十着目ですか?」

美織はこそこそと聞こえないように隆政に囁く。

「何言ってるんだ!?妥協なんて!俺は俺の手で、みおの美しさを引き出したいんだよ!!」

「はぁ?あなたこそ何言ってるんです?引き出せる美しさは皆無ですよ!そんなものどこ引っ張ったって出ませんからね!?」

お互い鼻息を荒くして言い合っていると、衣装店の奥さんがやってきて割り込んだ。

「あらあら、ケンカかしらぁ?うふっ、いいわね、若くって!!うちなんかもうケンカもしないわよ?……と、こんな話どうでもいいわよね?」

奥さんは両手に抱えきれない程の振袖を持ち、隆政の前に並べる。
それを一着づつ丁寧に吟味し、ある一着を手に取ると隆政は少し控え目に聞いた。
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