この溺愛にはワケがある!?
「これ……どう?」

さっきの言い合いのせいか、どことなく覇気がない。
美織は隆政の持つ振袖を見た。
それは、濃紺の布地に白梅がデザインされたものだった。
肩にかけ鏡の前で見ると、地味な美織の顔がキッと引き締まり、あろうことか少し美人に見えたりした。

「素敵!これ、良くお似合いよ?どうかしら?」

すかさず奥さんが感嘆の声を上げる。

「………ええ、とても、素敵だと思います……」

美織は半ば放心状態で言った。
肩にかけただけでこんなに違うのなら、ちゃんと着ればどんな風になるんだろう。
それは美織の興味を大いに引いた。

「綺麗だよ……」

後ろで見つめる隆政と鏡の中で目が合う。

「ありがとう、これいいわね!あなた、凄く趣味がいいと思う」

美織の言葉に、隆政はかぁっと赤くなる。
一部始終を眺めていた衣装店の奥さんは微笑しながら帯の吟味に移っていた。
聞こえていない振りをする、これも商売人としての心得なのだろう。


振袖と帯が決まり、併設された美容室で今度はメイクをした。
ここでは隆政には遠慮してもらう。
本人はとても不本意そうだったが、これは美織も譲れない。
既に素顔を見せているとはいえ、この化けるという作業行程を見せることは女としての存在意義に関わる。
と、あまり女としてのプライドのない美織も思ったのだ。

そして見事に化けた美織は続いて着付けをし、ホテルのラウンジで待つ隆政の元へやって来た。

「お待たせ。どう?ふふっ、私でもちょっと美人に見えるなんてすごい……」

(あ、あれ?どうしました?隆政さん?鳩が豆鉄砲くらってるような顔をして)

振り向いた隆政は撃ち抜かれたように固まっていた。
目でものを語る男、黒田隆政の目は溢れ落ちそうなほどに見開かれている。
溢れようとする目を受け止めなければと、美織は冗談で両手を目の下に持っていった。

ガシッ!!

え?と、思った美織の両手は隆政の手に押さえられ、間近に迫るその顔をなすすべもなく見ているしかなかった。

「ああっ!!」

美織に迫る隆政が苦悶の雄叫びを上げる。

「へ?え?何??」

「キス出来ないっ!!こんなに綺麗にメイクされてたら何も出来ないじゃないか!!何だよ!生殺しかよ!!」

「……………バカじゃない?」

「はぁ!?この、俺の切ない気持ちが!みおにわかるか?!」

(スイマセン、全くわかりません!)

「あーー……もう、進水式行くの止めて俺んちでこの着物脱がせてもいいか?」

(いいわけないわっ!!)

ワナワナと怒りで震える美織を前に、飄々と隆政は続ける。

「凄く綺麗だよ。誰にも見せたくないくらい」

突然耳元で炸裂した美声に、今度は美織の目が溢れそうになった。
ははっと笑う隆政が今度は両手を美織の目の下に持っていく。
そうしてお互いに笑顔になった時、迎えの車が来たとホテルの従業員が呼びに来た。
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