この溺愛にはワケがある!?

進水式⑤

美織は手にした斧に興味津々である。
刃はそれほど鋭いわけでもない。
サイズも女性が片手で持てるくらいだ。
そのオモチャみたいな斧で本当に綱が切れるのか?と、自分の手に当ててみたり振ってみたりして確かめた。
それを上から見ていた隆政は必死で笑いを堪え、美織の心の疑問に答える。

「その斧で綱を切るのには結構力がいるんだ。女性なら特にキツいな。だから、初めての人は式の前に練習するんだよ」

「えっ、そうなの!?そっか、本番で切れないと困るものね」

「そう。でもな、練習しても本番で切れなくて十回くらい斧を振り下ろした人もいる」

「……………大変ね」

「……………まぁな」

美織は手元の斧を見て思った。
伝統を繋いできたものを手にしているということの感動。
それと、十回もやって切れなかった人の冷や汗が染み込んだであろうその斧に何だか少し愛着さえ沸いていた。

「それでは支綱切断を行います。船主の方とご令室様は前に……」

美織はハッとして前を向いた。
わらわらと前に詰めかける関係者の中に、アジア系外国人だと思われる人が行政と握手をしている姿が見える。

「隆政さん、あの人が船主さんでしょ?斧を渡す人は奥さんね……ええと隣の人?」

「そうだよ。船主は台湾の龍徳海運の劉社長。奥さんは美雨(メイユウ)さんだ。さぁ、行こうか」

美織の歩調に合わせて隆政は肩を抱くように歩き出した。
斧を横にして持ち、緊張しながら船主夫妻の前まで進むと畏まって微笑みを作る。
伝統に則り斧を船主の妻に差し出すと、モデルのように美しい彼女は優雅に笑みを溢した。
隣では慣れた感じの壮年の船主が、軽く頷き日本語でありがとうと笑っている。

『これはお可愛らしい。なるほど、タカマサがエスコートするということは、未来の社長夫人だね?』

船主、劉社長は行政に話し掛ける。
その言葉は中国語のように聞こえた。
中国語を専攻していなかった美織は全く理解出来ず、頭上で劉社長と行政、隆政が会話するのを海外に行った日本人のように笑って聞いている。

『そうなる予定だ。劉さんもこれから顔を合わせる機会が多くなると思うが宜しくな』

と行政が答え、それに隆政も加わる。

『彼女の名はミオリ。おそらく中国語は習得していないので話の内容はわからないと思いますが』

(あ、今、名前呼ばれたわ!)

肩に手を置かれた美織は瞬時に紹介されたのだと気づく。
言葉はわからないが頭を下げ微笑んで見せると、劉社長の顔が綻んだ。

『なかなか聡明なお嬢さんだ!タカマサは賢明な判断をしたね』

『恐れ入ります』

何だかわからないが、恥はかいていないしかかせてもいないらしい。
美織はほっとして隆政の後ろに一歩下がった。
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