流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
◇ 亡霊達の遺言 ◇
包囲されたナポレモの城館の玉座でマウリス伯は天を仰いでいた。
長年主君の前に跪き見上げていたこの玉座にいざ腰掛けてみると何とも虚しさだけがこみ上げてくる。
間抜けな国王を毒殺し、あの無知な王女を追放してまで手に入れたこの玉座。
そこから見るものは何ともつまらぬ景色でしかなかった。
そしてまた、冬の凍りつくような寒さに震えながらそのつまらぬ玉座に座っていられる時間すら、マウリス伯には残されていなかった。
すでに薪や食料などの資材はつきている。
孤独な城主は部下を呼びつけた。
「バルラバンからの援軍はまだか」
部下は力なく首を振るばかりだ。
「トラピスタとの連携が白紙に戻されたため、北方からカーザール帝国に圧力を加えるというもくろみが崩れたとのことでございます。それゆえバルラバンは手を引くと通告して参りました」
「なんと馬鹿げたことか。今さらそのような話が通じると思っているのか」
自ら描き夢見た筋書きが崩れ去った今、抵抗したところで挽回できる余地など残されてはいなかった。
「異教徒の奴らめ! 主君殺しの罪を俺様だけに背負わせようというのか」
マウリス伯は玉杖を投げ捨て立ち上がると味方の諸侯を呼んだ。
「フランチェスカ! ベルナルド!」
玉座の間に駆け込んできた兵士が悲報を告げた。
「フランチェスカ様は討ち死になされました」
「なんと! ベルナルドはいかがいたした」
「さきほど西の塔が包囲され、すでに敵の手に落ちたかと」
「我に味方する者はおらぬのか」
「マウリス様、ここが落ちるのも時間の問題でございます」
なんということだ。
この俺には城などふさわしくないと運命が嘲笑しているのか。
かつて東洋の大騎馬帝国の侵略を退け、偉大なるハーンに『難攻不落の堅城』と嘆かしめたナポレモが内部から崩れようとしている。
「地下牢のジジイはどうした?」
「まだつながれたままでございますが」
「つれてこい。こうなったら奴を盾にして道連れにしてやる」
部下は跪いたまま動かない。
「なんだ、早く行け。さっさと連れてくるんだ」
マウリス伯は部下を蹴りつけた。
「おそれながら」と部下は起き上がりながら言上した。「もはや情勢を覆すことは困難でございます。降伏をなさってはいかがかと」
「馬鹿を申すな!」
抜いた剣を部下に突きつけ怒鳴りつける。
「さっさとあのジジイをつれてこい。奴らに地獄を見せてやるのだ」
不気味な笑みを浮かべるマウリス伯に一礼して部下が去っていく。
しかし、いくら待っても部下が老人を連れて戻ることはなかった。
押し寄せる敵の掛け声ばかりが大きくなっていく。
もはやこれまでか。
マウリス伯は玉座の間を出て自ら地下牢へと向かった。