流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 そのころ、ナポレモの外城郭を突破し市街地へ進入したカーザール帝国軍は、城館を包囲し、最後の攻撃態勢を整えていた。

 すでに別働隊が攻略を開始し、城館内の敵兵は戦意を喪失して降伏する者が後を絶たなかったが、本隊への突入命令はまだ下されていなかった。

 シューラー卿の身柄を確保するためにマウリス伯に交渉を呼びかけ、城館内からの返答を待っているのであった。

 しかし、状況は切迫していた。

「殿下、ただいま捕らえた敵の証言では、シューラー閣下は地下牢でかなり衰弱しておられるそうです」

 報告を受けたエリッヒは決断に迫られていた。

「これ以上時間を無駄にするわけにはいかないだろう。救出に向かわねばな」

 しかし、城内へ潜入するのは容易ではない。

 内部状況を知る者の案内がなければ救出は不可能だ。

 エリッヒは雲間から差し込む冬の弱い日差しを見上げながら考えを巡らせていた。

「殿下、ボシュニア公爵家名代ナヴェル様がお越しです」

 側近が老人を伴ってやってきた。

「ボシュニア公爵家名代ナヴェルでございます。エミリア様のために馳せ参じました」

 何とも時代遅れの甲冑姿だ。

 苦笑をこらえながらエリッヒは手を差し伸べた。

「ご苦労様です。マウリス軍の侵攻によくぞ持ちこたえられましたな」

「なあに、このわしの甲冑姿を見た敵どもは恐れをなして一目散に逃げ去りましたぞ」

 確かに戦場でこのような前時代的で珍妙な老人が立ちはだかれば、亡霊か何かと敵は恐れをなしてしまうだろう。

「城館への突入はいつになりますかな」

 ナヴェルの問いにエリッヒは首を振った。

「相手からの返事を待っているところです。人質の僧正殿の身柄を確保するまでは攻撃は控えるつもりです」

「僧正殿は地下牢に閉じ込められておるのでしょうかな」

「ええ、そのようです。弱った老体には厳しい場所でしょう」

「ならば、わしが忍び込んで救出して差し上げましょうぞ」

「どのようにして?」

「なあに、難攻不落と言われたナポレモの城とはいえ、勝手知ったる庭のようなものですわい。地下の抜け道くらいありますからな。王家に嫁入りした我が妹のために何度も忍び込んだものでございますぞ」

 長くなりそうな老人の話をエリッヒは遮った。

「案内してください。私が行きましょう」

「殿下自らでございますか? それは危険ではありませぬか」

「いえ、時間がありません。僧正殿はかなり衰弱しているそうです」

 ためらわずに歩き始めたエリッヒを追ってナヴェルが笑う。

「はっはっは! これは勇敢な将軍だ。わしの若い頃を思い出しますな。お供いたしますぞ。おい、シュライファー、おまえも来るのだ。地下牢のことならおまえも詳しかろう。よいな」

「かしこまりました、ナヴェル様」

 執事が後をついてくる。

 シュライファーという名を聞いてエリッヒが視線を向けると、執事は軽く会釈しながらついてきた。

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