流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
「出口はわたくしがご案内いたします」
シュライファーが先頭に立って松明の並ぶ地下空間を進む。
「殿下……」
エリッヒに背負われた老人のつぶやきはかすれ声で聞き取りにくい。
「拙僧はもうだめです。捨てていってくだされ」
「いや、あんたには罪を償ってもらう。エミリアに追わせた過酷な運命の責任をな」
老人のかすれた息が臭い。
「あんたはマウリスの陰謀を知っていたんだろう。あえてその企みに乗っかることで、駒として利用したんだろう」
背中の老人は返事をしない。
「しかし、あんたは手を読み違えた。異教徒と組むのは予想外だったんだな。あんたが聖職者であるばかりに、邪な欲望を理解できなかったんだろうよ」
石段を駆け上がると城内の通路に出た。
シュライファーが角の先をうかがい、手招きしている。
「まだ死ぬんじゃないぞ」
エリッヒはずり落ちた老人を背負い直しながら執事の後を追った。
広間に出たところで敵兵に出くわしてしまった。
城を包囲された極限状態で錯乱した亡者達は、エリッヒ達を見つけると駆け寄ってきた。
十人以上いる。
シューラー卿を下ろして戦おうとすると、ナヴェルが一歩前に出た。
取り囲む兵士達をにらみ回す。
その顔には笑みが浮かんでいた。
甲冑の老人は床に転がる死体がつかんでいた大斧を拾い上げた。
「殿下、ここはわしにお任せくだされ。さ、先にゆかれよ」
シュライファーが躊躇せず壁際の階段を指さす。
エリッヒもすぐに後を追った。
背後で老人の叫びが聞こえる。
「地獄の亡者どもよ、感謝するぞ! 一世一代の見せ場を作ってくれるとはな! アルフォンテ十二騎筆頭ボシュニア公爵家名代ナヴェル、武人として死ねるのは本望なり! 時代遅れの騎士道精神! その神髄をとくと目に焼き付けるがいい! ああ、愉快! 痛快!」
鋼のぶつかり合う音が響き、野獣の叫びとうめきとともに老人の快活な笑い声がこだまする。
エリッヒもふと笑みがこぼれてしまった。
死を求める男の勇敢さと滑稽さは紙一重だ。
自分もまた骨と皮ばかりの老人を救うことに命をかけている。
そこにどんな価値があるというのか。
天秤が狂っていなければ戦場に身を投じることなどできないのだ。
だが、その天秤の傾きを必死に修正しなければ生き残ることはさらに難しい。
これまでの戦いを通して、エリッヒは本能的にそれを理解していた。
階段を駆け上がったところは塔をつなぐ回廊の屋上だった。
暗がりに慣れた目に鉛色の冬空がまぶしい。
シューラー卿がうめく。
地下牢から助け出されて太陽の下に出た老人は、鈍い光にすら耐えられないのか、目を閉じたままだ。
それとも、まぶたの裏に浮かぶ光に神の恩寵を見ているのか。
老人の口元には笑みが浮かんでいた。
「殿下、こちらです」
執事の指す向こうの塔外壁に螺旋状の石段がついている。
そこを下りれば外城郭への橋にたどり着けるようだった。
西のアサントレの砦にはすでに帝国旗が翻っている。
別働隊が着実に城を攻略しているのだった。
本隊の方からも角笛が吹き鳴らされ、行軍する兵士達の叫び声が聞こえてくる。
塔の石段までたどり着いたシュライファーが耳に手を当てた。
「どうやら突入が始まっているようですね」
シュライファーが先頭に立って松明の並ぶ地下空間を進む。
「殿下……」
エリッヒに背負われた老人のつぶやきはかすれ声で聞き取りにくい。
「拙僧はもうだめです。捨てていってくだされ」
「いや、あんたには罪を償ってもらう。エミリアに追わせた過酷な運命の責任をな」
老人のかすれた息が臭い。
「あんたはマウリスの陰謀を知っていたんだろう。あえてその企みに乗っかることで、駒として利用したんだろう」
背中の老人は返事をしない。
「しかし、あんたは手を読み違えた。異教徒と組むのは予想外だったんだな。あんたが聖職者であるばかりに、邪な欲望を理解できなかったんだろうよ」
石段を駆け上がると城内の通路に出た。
シュライファーが角の先をうかがい、手招きしている。
「まだ死ぬんじゃないぞ」
エリッヒはずり落ちた老人を背負い直しながら執事の後を追った。
広間に出たところで敵兵に出くわしてしまった。
城を包囲された極限状態で錯乱した亡者達は、エリッヒ達を見つけると駆け寄ってきた。
十人以上いる。
シューラー卿を下ろして戦おうとすると、ナヴェルが一歩前に出た。
取り囲む兵士達をにらみ回す。
その顔には笑みが浮かんでいた。
甲冑の老人は床に転がる死体がつかんでいた大斧を拾い上げた。
「殿下、ここはわしにお任せくだされ。さ、先にゆかれよ」
シュライファーが躊躇せず壁際の階段を指さす。
エリッヒもすぐに後を追った。
背後で老人の叫びが聞こえる。
「地獄の亡者どもよ、感謝するぞ! 一世一代の見せ場を作ってくれるとはな! アルフォンテ十二騎筆頭ボシュニア公爵家名代ナヴェル、武人として死ねるのは本望なり! 時代遅れの騎士道精神! その神髄をとくと目に焼き付けるがいい! ああ、愉快! 痛快!」
鋼のぶつかり合う音が響き、野獣の叫びとうめきとともに老人の快活な笑い声がこだまする。
エリッヒもふと笑みがこぼれてしまった。
死を求める男の勇敢さと滑稽さは紙一重だ。
自分もまた骨と皮ばかりの老人を救うことに命をかけている。
そこにどんな価値があるというのか。
天秤が狂っていなければ戦場に身を投じることなどできないのだ。
だが、その天秤の傾きを必死に修正しなければ生き残ることはさらに難しい。
これまでの戦いを通して、エリッヒは本能的にそれを理解していた。
階段を駆け上がったところは塔をつなぐ回廊の屋上だった。
暗がりに慣れた目に鉛色の冬空がまぶしい。
シューラー卿がうめく。
地下牢から助け出されて太陽の下に出た老人は、鈍い光にすら耐えられないのか、目を閉じたままだ。
それとも、まぶたの裏に浮かぶ光に神の恩寵を見ているのか。
老人の口元には笑みが浮かんでいた。
「殿下、こちらです」
執事の指す向こうの塔外壁に螺旋状の石段がついている。
そこを下りれば外城郭への橋にたどり着けるようだった。
西のアサントレの砦にはすでに帝国旗が翻っている。
別働隊が着実に城を攻略しているのだった。
本隊の方からも角笛が吹き鳴らされ、行軍する兵士達の叫び声が聞こえてくる。
塔の石段までたどり着いたシュライファーが耳に手を当てた。
「どうやら突入が始まっているようですね」