流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
「女は元気か」

「まあな」

「醜い顔はあいかわらずか」

 青痣はおそらく消えないだろう。

 一瞬で怒りが沸騰する。

 エリッヒは男に向かって突進した。

 男は身軽に剣先をかわし、エリッヒの膝を蹴りつける。

 回廊に転がりながら振り返ると、男が侮蔑の笑みを浮かべて見下ろしていた。

 立ち上がろうとするエリッヒの側頭部に男の蹴りが入る。

「殿下!」

 背後から駆け寄ってくるシュライファーに剣を突きつけて男が牽制する。

 頭を押さえながら立ち上がるエリッヒに向き合うと、男は剣を激しく振り回し始めた。

 肘を軸として前後左右に剣を旋回させ、背中に回したかと思えば水平に握り直し、片足を上げて重心をずらしながら、首の後ろに回していた剣先に全体重をかけて前方へ突き出す。

 思わずのけぞるエリッヒを一瞥すると、すかさず背後のシュライファーに向かって体を旋回させて対峙した。

「どうした。かかってこい」

 男が旋回させた剣先がシュライファーの眼前でうなりを上げる。

 前髪の破片が舞う。

「東洋の剣舞ですね」

 顔色一つ変えない執事の冷静な言葉に男は苛立ちの表情を見せた。

「それがどうした」

 男は右足を振り上げて執事の胸に蹴りを入れた。

 後方に吹き飛び尻餅をついたシュライファーは胸を押さえながら倒れ込んだ。

 駆け寄ろうとするエリッヒに向かって、男は背中に回していた剣を水平に旋回させて振り抜く。

 エリッヒの剣は弾かれ、体勢を立て直す間もなく男の剣が脇腹をかすめる。

 剣の動きを止めることも隙を突くこともできずにエリッヒは防戦するのが精一杯だった。

 男が動きを止める。

「あの小娘を殺せと命じたのはマウリスだ」

 エリッヒは男に剣を向けながら相手の言葉を冷静に受け止めていた。

「マウリスはあの小娘と結婚して王国を自分のものにするつもりだったのさ。だがな、あの間抜けな国王がしきたりにこだわってマウリスを婚約者候補から排除したのが間違いだったってことさ」

「だから国王を毒殺してエミリアを追放したのか」

「男の愛憎ってやつだな」

「愛などなかっただろうに」

「引き算はできるようだな」と男が笑う。「だが、男の打算と愛に区別がつけられると思ってるのか、女の味も知らない坊やが」

「言うな!」

 逆上したエリッヒが剣を突き立てて突進した。

 男はにやけながら剣を水平に構え、そのまま体ごと回転してエリッヒががむしゃらに突き出した剣を軽くいなす。

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