流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 城館内に兵士達が突入していく。

 風に乗って焦げた匂いが流れてくる。

「殿下! ご無事ですか!」

 広間から階段を上がってきたのはキューリフだった。

「どうした。なぜここに」

「話は後で! マウリス伯が逃亡しました!」

「なんだと!」

「シューラー卿を人質に逃亡を図るつもりだったようですが、救出されたと知って包囲網を強行突破しました」

 もう一人階段を上がってくる。

 甲冑を着た老人だ。

「殿下、退避してくだされ」

 ナヴェルが城館を指さす。

 城館からは火の手が上がっていた。

 すでに木組みの屋根が崩れ落ち、塔が煙突となって黒煙が鉛色の空を濃く染めていく。

 燃え落ちた屋根材から家畜小屋の干し草に火が燃え移り、城館全体に黒煙が広がっている。

 退避を命ずる角笛が鳴り響き、敵味方入り乱れて兵士達が城館から飛び出してきた。

 塔から突き出た物見櫓が崩落し、兵士達が下敷きになる。

「さ、早く。ここも危険です」

 キューリフとナヴェルに両手を引き上げられ、エリッヒは力なく立ち上がった。

「しっかりするのだ、若者よ! 前を向け!」

 老人に頬をはたかれエリッヒはうなずいた。

「さ、こちらへ」

 甲冑を着た老人の先導で回廊を駆け抜ける。

 城館の木組みが燃え落ち、支えきれなくなった壁材が落下する。

 落下した岩がさらに土台を破壊し、傾いた壁から一気に石材が崩れ落ちてきた。

 さっきまでいた回廊に落ちてきた岩が崩落の連鎖を呼び、轟音と振動が三人に襲いかかる。

 土煙に包まれ方向を見失いそうになりながらも外城郭を脱出したエリッヒは振り向いて黒煙を見上げた。

 かつて東洋の大騎馬帝国の攻撃を退けた堅城が内部から崩れ落ちていく。

 全身の力が抜けていく。

 膝が震え、立っているのもやっとだった。

 虚しさが胸を貫く。

 涙が止まらない。

「エリッヒ!」

 懐かしい声が聞こえる。

「エリッヒ、無事でしたの?」

 背中から抱きついた女のぬくもりを感じながらエリッヒは目を閉じて天を仰いだ。

 向き合って女の顔を見ることができない。

 エリッヒは背中を向けたまま女の手にナイトの駒を握らせた。

「これは……」

「学問を探究しに東方へ旅立ったと伝えてくれと言っていた」

 男の嘘には本当のことが詰まってる。

「あなたは本当に嘘が下手ですね」

「すまん」

 ようやく振り返ることのできたエリッヒは女をきつく抱きしめた。

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