流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
「あなたは料理がお上手なのね」

「戦場ではなんでも食えないといけないからな」

「おいしいものを食べられれば戦争などなくなるでしょうに」

「だが、この世は飢えと貧しさに満ちている。だから戦いはなくならないさ。他人から奪う方が手っ取り早くて簡単だからな」

 エミリアは言葉が出なかった。

 ナポレモの城館だけで世界が完結していた自分はそんなことを想像したこともなかったのだ。

「あんただって、奪われただろう?」

「わたくしが?」

「ああ、マウリスってやつに王国をな」

「でも、それは非常事態だから摂政として……」

 エリッヒが鼻で笑う。

「そういう甘い考えだから、つけ込まれるんだよ」

「つけ込まれる?」

「だまされてるんだろ。誰が見たって、あんたを追い出して得するのはマウリスってやつだからな」

「そうだとしても、今のわたくしにできることは何もありません」

「そうだ」とエリッヒはうなずいた。「だから、こうして野宿で夜を明かしたってわけだ」

 そして、男は焼き上がったウナギの串をエミリアに差し出した。

「あんたの望み通り、野宿ができて良かったじゃないか」

「望んでなどおりませんわ」

 受け取ったウナギを一口かじる。

 山芋団子と同じ塩と胡椒の味付けだが、焼けた脂のうまみに調和していて、思わず笑みがこぼれてしまう。

「こんなに素晴らしいお料理は初めてですわ」

「あんたはなんでもうまいって言うな」

「そんなことありませんわ。おいしいからおいしいと言っているのです」

「あいかわらず裏表のない女だな」

「いけませんか」

 エリッヒはにこやかに串を差し出す。

「いや。もう一本どうだ?」

「ええ、いただきますわ」

 うまいものをうまいと言って食べる。

 裏表のない女の素直さを最初は退屈さととらえていたエリッヒも、エミリアと一緒にいる時間が長くなるにつれて魅力と感じるようになっていた。

 包み隠すことを美徳とされる高貴な女性には見かけることのない正直さであった。

 それは病に伏せっていたせいで十代で社交界デビューできずに、貴族社会のしきたりに染まりきることがなかったからなのかもしれなかった。

 ぼんやりとそんなことを考えていたエリッヒにエミリアが笑顔を向けていた。

 屈託のない笑顔の力に押されてエリッヒは思わず視線をそらした。

「歯にウナギの皮がくっついてるぞ」

「あら、ごめんあそばせ」

 エミリアは立ち上がると、川に口をゆすぎにいった。

 エリッヒも立ち上がって焚き火に土をかけて消した。

「じゃあ、出かけるぞ。遅れを取り戻せれば、いい宿のある街にたどり着けるかもな」

「はい」

 エミリアの明るい返事がヒバリのさえずりのように青空に舞い上がっていった。

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