流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 エミリアはエリッヒに背中を向けて歩き出した。

「おい、待てよ」

 追いすがる男を無視してエミリアは路地を出て歩き続けた。

 涙は出なかった。

 エミリアにとっても、もうこの男はどうでも良い存在だった。

 ほんのひとときでも心をゆだねた自分が浅はかだったのだ。

 エリッヒが腕をつかむ。

「離しなさい」

「待てって。どこに行くんだよ」

「宿にもどります」

 エリッヒが腕をはなして並んで歩く。

「なんだよ、素直だな」

「裏表がなくて、まっすぐでつまらない女ですから」

「怒ってるのか」

「いいえ」

「なんでだよ」

「ですから、怒ってなどいません」

 歩調を速めると、エリッヒも合わせてくる。

「逃げたりしませんから、そばに寄らないでください」

 男は素直に一歩下がりながらついてきた。

「ジュリエのこと隠していたのを怒っているんだろう?」

「べつに関係ありません」

「そんなことはないさ。あんたはジュリエと知り合いだろう。だから、ジュリエの素性を知っている。それで怒ってるんだ」

 どうしてこうも男というものは余計なところで図星をついてくるのだろう。

「勝手な推量をなさらないでください」

 エリッヒが横に並んでエミリアの顔をのぞき込んだ。

 顔を背けようとすると、回り込んでくる。

 エミリアはエリッヒをにらみつけた。

 男の笑顔が鬱陶しい。

「道中のことを聞いていたんだよ。治安とかそういう情報だ。ああいう御婦人はいろんな噂話を知ってるからな」

「どうだか。わたくしのような世間知らずの子供よりも、あのような経験豊富な御方の方が魅力的なのでしょう」

「だから、誤解だって」

「ずいぶん親しそうだったではありませんか」

 話を聞くだけなら、あんなに密着することはないはずだ。

「昔からの知り合いなんでね」

「まあ、なんということでしょう」

「妬いてるのか」

「まさか、違います」

「俺もだ」

 俺も、とはどういうことだろうか。

「俺もあんたに嫉妬してる」

 エミリアは立ち止まって男に向き合った。

「なにゆえあなたが嫉妬など」

「あんたがそれが分からんから苛立ってるってことだよ」

「どういうことですの」

「だから、その質問が苛つくんだよ」

 男の言葉を理解できない。

 エミリアは返事をせずにまた歩き出した。

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