流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 ジュリエがささやく。

「彼にも立場があるの。だから、今はまだ言えないことがあるのよ」

 それは向こうの都合だ。

 自分には関係がない。

「でもね、言わないからって、ないわけじゃないの」

「何がですか」

「気持ち。あなたのことを想う好意」

 鼓動が高鳴る。

「言わないこと、隠そうとするところにこそ、男の真実があるの」

 ジュリエがエミリアの肩から背中を撫でる。

「お嬢様は勘違いをなさってしまって、引っ込みがつかなくなってしまったのでしょう。それに、勘違いをしたことで逆に気づいてしまった自分の気持ちに戸惑っていらっしゃる」

 エミリアは素直にうなずいた。

「お教えしましょうか、仲直りの秘訣」

 エミリアは思わず振り向いた。

 柔和なジュリエの目と視線が合って顔が熱くなる。

 しかし、エミリアは今度は目をそらさなかった。

「そのようなものがあるのですか」

「ええ」

 ジュリエは微笑みを浮かべながらエミリアの耳元でささやいた。

 エミリアは神妙な面もちでその話に耳を傾けていた。

 宿の部屋ではエリッヒが一人で先に寝台に入って休んでいた。

 ジュリエと別れて部屋に戻ってきたエミリアは黙ったまま寝台に潜り込んだ。

 伸ばした男の左腕に頭をのせて胸に額を押しつける。

 エリッヒは困惑していた。

「なんだ、どうした」

 女は何も言わずただじっとしている。

 エリッヒは右手で髪を撫でてやった。

 女の体温が男の本能を掻き立てようとする。

 乱れた女の髪に鼻をくすぐられる。

 くしゃみをしそうになって、追いやられていた理性が冷静さを取り戻した。

 エリッヒはエミリアの肩をつかんで引き離した。

「ちょっと待て。ジュリエに何を吹き込まれた」

 エミリアは男の胸の幸運の金貨をなでながら答えた。

「殿方には何を言っても無駄だからただ身をゆだねなさいと。理屈抜きにすべてを受け入れるかどうかは殿方の器量しだいだと。だめならそんな小さな男は捨ててしまいなさいと」

「そんな種明かしをされたら、俺はどうしようもないじゃないか」

「それを含めて、そこまでがジュリエさんの教えです」

「あいかわらず困ったおばさんだよ、あの人は」

 エリッヒが朗らかに微笑みを向けた。

 ジュリエの言う通り、『おばさん』と呼ぶ時の顔は照れくさそうだ。

 エミリアも微笑みを返した。

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