流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 しかし、一度は請け合った店主がエミリアのドレスに触れて首を振った。

「なんでえ、シルクとは驚いたね。でもよ、残念だが、こいつは引き取れねえよ」

 わきからエリッヒが口を出す。

「なぜだ。上等な物だぞ」

「だってね、こんな田舎じゃあ、シルクのドレスの似合う貴婦人なんていませんからね。そもそも、こんなに汚れてちゃあ、売り物になりませんぜ。売れないんじゃ、仕入れても商売になりませんでしょう」

 店主は上から下までエミリアを眺め回した。

「それにね、お嬢さんみたいに細身じゃあね。うちの太っちょ女房に着せるわけにもいきませんや。それよりね、だんな……」

 古着屋は蛇のように舌を出して唇をなめ回した。

「そちらのお嬢さんの指についてる宝石なんてどうですかね。指輪一つで上から下まで古着一式と交換ってことで」

「暴利じゃないか。それこそ、こんな田舎で宝石なんかなんの役にも立たないだろうに」

「へへへ、それが商売ってものでございますよ。嫌なら出ていってくださいな」

「足下を見やがって。だったら俺が……」

 エミリアはエリッヒをさえぎった。

「いいのです。この者の言う通りにいたしましょう」

「馬鹿なことを言うな」

「馬鹿とは何ですか」

「あんたは物の価値が分かっていないだろう。何着分になると思ってるんだ。それこそ、古着屋を開けるぞ」

「これは私の買い物です。あなたに頼るつもりはありません」

 エミリアは店主に手を差しだした。

「お取りなさい」

「話が分かるね」

 古着屋は口をゆがめて笑みを浮かべながらサファイアの指輪を抜き取った。

「どれでも好きなの持っていきな。そこで着替えていってもいいぜ。シルクのドレスは不要なら置いてってもいいですぜ、へっへっへ」

 店の奥に引っ込んでいく古着屋の背中をにらみつけながらエリッヒが吐き捨てるように言った。

「本当にいいのか」

「何がですか」

「指輪だよ。大切な物なんじゃないのか」

「母の形見です」

「だから、それを、あんなやつに……」

「いいのです」とエミリアはうつむいた。「しかたがありません。他にもう、わたくしには差し出せる物はありませんから」

「だからだよ。もっと大切にするべきなんじゃないのか」

「過ぎたことを嘆いていても仕方がありません。ここはナポレモではありませんし、わたくしの居場所はもうナポレモにはないのです」

 それっきりエミリアは何も言わずに服を選び始めた。

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