流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
◇ 追っ手 ◇
宿場町を出ると、街道は森の中を抜けて山岳地帯へと入っていく。
山を越えればそこは目的地フラウムだ。
しかし、エリッヒはエミリアに別の経路を提案した。
「回り道をして海を見て行かないか」
「海ですか。そのようなことをしてもよろしいのですか」
「どこで誰が襲ってくるか分からないのに、山道は危険だからな」
「そういうことですか」
「道を変えた方が追っ手を振り切れるかもしれん」
「わたくしは海を見たことがありません」
「なおさら、いい思い出になるだろうさ」
二人は街道をそれて南へ向かった。
エミリアが馬上で鼻歌を歌う。
「のんきなもんだな」
そう言いつつも、エリッヒも調子を合わせて歌い出す。
丘を越え、いくつかの村を通り過ぎる。
収穫期に入った小麦畑では農民達がせわしくなく働いている。
ナポレモの農民達も今頃は実った小麦の穂を城に運び込んでいるのだろうか。
毎年この時期になると城内の風車で挽かれた小麦粉でパンを焼くのが恒例だった。
その年の小麦でできたパンを神に感謝し、みなで分かち合うのだ。
まぶたを閉じればナポレモのお祭り騒ぎが目に浮かぶ。
振り向いたところで、もちろんそこに故郷などはない。
もう戻れないところまで来てしまった。
戻ったところで、そこにはもう誰も自分のことなど待ってはいないのだ。
エミリアは馬の綱を引くエリッヒに尋ねた。
「あなたはこれまでにどのようなところへ行ったのですか」
「いろいろだ。北の氷河も見たし、南の砂漠も行った。商人の船でバルラバンに行ったこともある」
「東洋の国ですか」
「バルラバンはカーザール帝国と東洋の間にある帝国だな。東洋というのはさらにその向こうの黄金の国と言われるジパングとかだろう。俺はそこまで行ったことはないがね」
「行ってみたいですか?」
「まあね、世界中どこでも行ってみたいよ。宮殿なんかこの世で一番つまらん場所だな」
「宮殿?」
「ああ、まあ、貴族のお偉いさん達が高尚なパーティーなんかやってるだろ、そういうのは退屈だってことさ」