流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 昼過ぎになって、市場のある街までやってきた。

「少し馬を休ませたい」

 教会前の広場に泉がある。

 エリッヒが待ち構えていた子供に小銭をやって世話を頼んだ。

 そうやって自分で生計を立てているのだろう。

 馬を休ませている間に、二人は市場でサクランボを買ってきて、広場の隅に並んで座りながら初夏の味覚を楽しんでいた。

「ナポレモで食べていたものとは違いますね」

「そうか? 気のせいじゃないか」

「知らない土地で食べると新鮮に感じられるのかもしれませんね」

「あんたも旅に向いてるのかもな」

 エリッヒの口元がサクランボの汁で赤い。

 エミリアが顔を寄せて指でぬぐう。

「お、おい。俺たちは男同士なんだぞ」

 驚くエリッヒの口にサクランボを押し込んで黙らせる。

 自分が男装していたことを忘れていたのをごまかすために、エミリアもサクランボを口に入れた。

 広場の入り口から馬の蹄鉄の音が響いてくる。

 背中に弓矢を背負った猟師風の男が一人通りかかった。

 男は馬上からちらりと二人を見おろしながら広場の反対側に行き、馬を下りると教会の階段に腰掛けて水を飲み始めた。

 エリッヒがうつむきながらそっとつぶやいた。

「今の猟師風の男を見たか」

「いいえ」

「指輪をしていた」

 エミリアが広場の反対側に顔を向けようとすると、エリッヒが言った。

「見るな。気づいてないふりをしろ」

 顔をそのまま上に向けて青空に向かってあくびをするふりをしてごまかした。

「サファイアだ。あれは猟師じゃない」

「どういうことでしょうか」

「古着屋がしゃべったんだろう」

 しかし、そのサファイアを彼が持っていると言うことは……。

 エミリアの考えを察したかのようにエリッヒがつぶやいた。

「しかたがないさ。強欲は身を滅ぼす」

 エミリアは責任を感じていた。

 自分が指輪を与えたばかりに、古着屋の主人が不幸になったのだろうか。

「あんたのせいじゃない。今は逃げることだけを考えるんだ。もしかしたら、犬をけしかけた奴かもしれない」

「どうしましょう」

「向こうは一人だが、こっちはあんたを守りながら戦わなければならん。不利だな」

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