熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
「……詩織」
彼に背を向け一歩踏み出したところで、呼び止められた。
彼の方を振り返らずに歩みを止めると、ガタッと音を立てて席を立った梗一が肩をつかんで私を振り向かせ、優しく抱きしめた。いつかホテルのレストランで同じことをされた時のように、客の視線が一気に私たちに集まる。
けれど、今回ばかりは恥ずかしいからと彼を突き放すことができず、私は耳元で震える静かな声音をただ聞いていた。
「ごめん……。きみを結婚相手にしたいという、その気持ちだけで突っ走ろうとしていた。こんな度量のない男のままで、きみを幸せにできるはずがないのに……」
背中に回された腕が、ぎゅっと力を強める。
「俺は……一度ひとりで日本に帰るよ。そして、向こうのゴタゴタに片をつけたら、またきみに会いに来る」
彼の一途さが、痛いくらいに胸に刺さる。
でも、言葉で言うほどそんな簡単なものではないだろう。今の彼は、まだ私が目の前にいるからのぼせ上っているけれど、日本に帰って冷静になれば、彼は自分の取るべき行動を理解するはずだ。
……こんなちっぽけな画家を迎えに行くより、許嫁と結婚すれば、すべてが丸く収まるって。
そこまで思うと、胸がきしんだような音を立てて痛む。
けれど私は強い女を演じるため、そっと彼の胸から顔を上げて微笑んだ。